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高村光太郎『道程』 意味と全文

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高村光太郎『道程』 意味と全文

高村光太郎たかむらこうたろうは、明治時代から昭和にかけての詩人・彫刻家・画家です。

もともと画家や彫刻家として知られていたものの、詩作品である『道程』が教科書で取り上げられたこともあり、今では詩人として有名です。

高村光太郎『白文鳥』 1930年頃

高村光太郎『乙女の像』 1953年(高村光太郎 ―彫刻と詩―展

生まれも育ちも東京で、大学は東京美術学校(現在の東京藝術大学美術学部)の彫刻家に入学。西洋画や文学にも関心を寄せます。

高村光太郎の代表作が、先ほども触れた『道程どうてい』という詩です。

題名の読み方については、「みちのり」と聞いたという人もいるようですが、収録している書籍はどれも「どうてい」と振り仮名があるか振り仮名なしで、「みちのり」と振り仮名の振ってある作品はないようです。

ただ、道程どうていの意味自体は、基本的に「みちのり」と同じで、「その地に至る道のり」「ある所、状態に達するまでの途中」です。

詩は、冒頭の「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る」という象徴的な一節から始まります。

『道程』

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちにさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄きはくを僕にたせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため

僕の前ではなく、後ろに道はできる、ということは、もともとある道ではなく、自分の道を歩んでいく覚悟を伝える意味合いがあるのでしょう。

自然を父に喩え、その自然の力を内側に満たしながら、自分の道のりを歩いていく、そんな詩なのではないでしょうか。

この詩は、当初発表された際は、102行という長詩だったものの、その後、現在知られているこの9行の詩になります。

以下は、最初に作った、102行に渡る発表当初の『道程』の全文になります。

『道程』

どこかに通じてゐる大道だいどうを僕はあるいてゐるのぢやない
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
道は僕のふみしだいて来た足あとだ
だから
道の最端にいつでも僕は立つてゐる
何といふ曲がりくねり
迷ひまよつた道だらう
自堕落じだらくに消え滅びかけたあの道
絶望に閉ぢ込められかけたあの道
幼い苦悩にもみつぶされたあの道
ふり返つてみると
自分の道は戦慄に値ひする
支離滅裂な
又むざんな此の光景を見て
誰がこれを
生命いのちの道と信ずるだらう
それだのに
やつぱり此が生命に導く道だつた
そして僕は此処まで来てしまつた
このさんたんたる自分の道を見て
僕は自然の広大ないつくしみに涙を流すのだ
あのやくざに見えた道の中から
生命の意味をはつきり見せてくれたのは自然だ
僕を引き廻しては眼をはぢき
もう此処と思うふところで
さめよ、さめよと叫んだのは自然だ
それこそ厳格な父の愛だ
子供になり切つたありがたさを僕はしみじみと思つた
どんな時にも自然の手を離さなかつた僕は
たうとう自分をつかまえたのだ
恰度ちょうどそのとき事態は一変した
にわかに眼前にあるものは光を放射し
空も地面も沸く様に動き出した
そのまに
自然は微笑をのこして僕の手から
永遠の地平線へ姿をかくした
そして其の気魄きはくが宇宙に充ちみちた
驚いてゐる僕の魂は
いきなり「歩け」といふ声につらぬかれた
僕は武者ぶるひをした
僕は子供の使命を全身に感じた
子供の使命!
僕の肩は重くなつた
そして僕はもうたよる手が無くなつた
無意識にたよつていた手が無くなつた
ただ此の宇宙に充ちみちてゐる父を信じて
自分の全身をなげうつのだ
僕ははじめ一歩も歩けないことを経験した
かなり長い間
冷たい油の汗を流しながら
一つところに立ちつくして居た
僕は心を集めて父の胸にふれた
すると
僕の足はひとりでに動き出した
不思議に僕は或る自憑の境を得た
僕はどう行かうとも思はない
どの道をとらうとも思はない
僕の前には広漠とした岩畳な一面の風景がひろがつてゐる
その間に花が咲き水が流れてゐる
石があり絶壁がある
それがみないきいきとしてゐる
僕はただあの不思議な自憑の督促のままに歩いてゆく
しかし四方は気味の悪い程静かだ
恐ろしい世界の果てへ行つてしまふのかと思ふ時もある
寂しさはつんぼのように苦しいものだ
僕は其の時又父にいのる
父は其の風景の間に僅かながら勇ましく
同じ方へ歩いてゆく人間を僕に見せてくれる
同属を喜ぶ人間の性に僕はふるへ立つ
声をあげて祝福を伝へる
そしてあの永遠の地平線を前にして
胸のすく程深い呼吸をするのだ
僕の眼が開けるに従つて
四方の風景は其の部分を明らかに僕に示す
生育のいい草の蔭に小さい人間のうぢゃうぢゃ
ひまはつて居るのもみえる
彼等も僕も
大きな人類といふものの一部だ
しかし人類は無駄なものを棄て腐らしても惜しまない
人間は鮭の卵だ
千万人の中で百人も残れば
人類は永久に絶えやしない
棄て腐らすのを見越して
自然は人類の為め人間を沢山つくるのだ
腐るものは腐れ
自然に背いたものはみな腐る
僕は今のところ彼等にかまつてゐられない
もつと此の風景に養はれ育まれて
自分を自分らしく伸ばさねばならぬ
子供は父のいつくしみに報いたい氣を燃やしてゐるのだ
ああ
人類の道程は遠い
そして其の大道はない
自然の子供等が全身の力で拓いて行かねばならないのだ
歩け、歩け
どんなものが出て来ても乗り越して歩け
この光り輝く風景の中に踏み込んでゆけ
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、父よ
僕を一人立ちにさせた父よ
僕から目を離さないで守ることをせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ
この遠い道程のため

詩としてはだいぶ長い、超大作になっています。

大道というのは、「人間として行うべき正しい道義」を意味する言葉で、詩の冒頭に、「どこかに通じてゐる大道だいどうを僕はあるいてゐるのぢやない」とありますが、これは、予め誰かに決められている目的地に向かって歩んでいるのではない、ということを伝えたいのでしょう。

それから、9行の詩にも残っている、「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る」に続きます。

ある道を行くのではなく、歩き出すことで道ができる。

足跡が、道となる。それは、目の前に伸びている正しい道を進むのではなく、必死に歩んできた結果が道となっていく、と言えるかもしれません。

だからこそ、自堕落もあった、絶望もあった。むざんな光景も広がる。しかし、その道程が「生命いのちの道」だった。

初期『道程』全文を読むと、後の9行の短い『道程』よりも、いっそう若いエネルギーや葛藤が、剥き出しにほとばしっている作品となっています。

この初出版の『道程』全文は、筑摩書房の全集『高村光太郎全集第十九卷』に掲載しています(参照 : 高村光太郎の詩「道程」の長いバージョンが見たい)。