祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり 『平家物語』冒頭
〈原文〉
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵におなじ。
〈現代語訳〉
祇園精舎の鐘の音には、この世の全てが常に流動変化し、一瞬と言えども同じ状態ではない、という無常の響きがある。沙羅双樹の花の色は、盛んな物も必ずや衰えるという道理を示している。驕り高ぶる者も長くは続かず、凋落するだろう、ただ春の夜の夢のように。勢い盛んな者も遂には滅びるというのも、まったく風の前の塵と同じである。
概要と解説
日本の古典文学を代表する『平家物語』は、平家の栄華と没落、武士階級の台頭などを描いた軍記物語です。
詳しい制作年は分かっていないものの、鎌倉時代の前期に成立したと考えられています。
作者も不明で、色々な説があり、もっとも古い記述としては、鎌倉末期の吉田兼好の『徒然草』のなかで、信濃前司行長なる人物が、『平家物語』の作者であるという記載があります。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
この『平家物語』の冒頭は、日本の古典文学のなかでも特に有名な一節で、仏教的な無常観が表現されています。
以下、一つ一つの文章や単語を追いかけながら、冒頭の描写について簡単に解説したいと思います。
まず、最初に出てくる「祇園精舎」ですが、正式名称は、祇樹給孤独園精舎という精舎です。
精舎とは、仏教の比丘(出家修行者)が住む修道施設・寺院・僧院のことです。
それでは、ここで言う祇園精舎とは一体どこにあるのでしょうか。
祇園という響きから京都にあると思う人もいるかもしれませんが、祇園精舎は、もともと古代インドの舎衛国にある僧院で、仏教徒の聖地の一つになっています。
この祇園精舎の鐘の音が、人生の儚さや命のもろさを表すような諸行無常の響きであるという一節で、『平家物語』が始まります。
この鐘は、一体どういった鐘だったか、それとも実際はなかったのか、といった点には諸説あります。
小型の鐘はあったのではないかという話はあるものの、一般的に寺院でイメージするような大きな鐘はなかったと考えられています。
そのため、「祇園精舎の鐘の声」というのがどんな音だったのかを考えると、少なくとも除夜の鐘のような、「ゴーン」という大きな響きではなかったのでしょう。
それから、沙羅双樹とは、インドの高地に自生する、初夏に白い花を咲かせる植物のことです。
仏教の世界では、仏陀が生まれた地にあった無憂樹、仏陀が悟りを開いた場所にあった印度菩提樹と並び、この沙羅双樹が、三大聖木の一つに数えられます。
この沙羅双樹の花の色というのが、世の中のあらゆることは無常であり、勢いの盛んな者も必ずや衰える、という道理を現していると言われています。
朝咲いて夕方には散る沙羅双樹
また、「おごれる人も久しからず」とは、「自分の地位や権力に驕り高ぶった人も、永遠に続くことはない」という意味です。
この「久しからず」とは、「久しい(月日が長く経つ)」の否定形で、「長くは続かない」という意味です。
それから、「猛き者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵におなじ」、すなわち、「勢い盛んな激しい者も遂には滅び、それは全く風の前の塵と同じである」と続きます。
どんなに勢いのある者たちでさえも、いずれは滅びる。
こうして『平家物語』は冒頭で、全体としての大きな主題である無常観を、読み手の五感に触れるような詩的な描写で表現します。

