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日本古典文学

伊勢物語の冒頭

伊勢物語の冒頭

〈原文〉

昔、男初冠ういこうぶりして、平城の京春日かすがの里に、しるよしして、狩にいにけり。その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり。

〈現代語訳〉

昔、ある男が、元服し、奈良の都、春日の里に領地がある縁で、鷹狩りに行った。その里に、とても若々しく美しい姉妹が住んでいた。

概要と解説

伊勢物語とは

古典文学の一つである『伊勢物語』は、平安時代に成立し、平安時代初期の貴族で歌人の在原業平ありわらのなりひらがモデル(業平は美男子としても知られる)とされる「男」が主人公の歌物語です。

この『伊勢物語』は、現存する日本最古の歌物語と言われていますが、具体的な細かい成立年は分かっていません。

成立年の説としては、平安時代の初期から中期頃まで諸説ありますが、いずれにせよ平安時代の作品です。

書名の呼称としては、『伊勢物語』『在五ざいご物語/在五が物語』『在五中将ざいごちゅうじょう物語』『ざい五中将の恋の日記』『在五中将の日記』『在五が集』など様々あったものの、平安時代末期には、『伊勢物語』に統一されていったようです。

書名『伊勢物語』の由来も諸説あり、はっきりとは分かっていません。

ただ、伊勢国を舞台に、在原業平がモデルの男が、伊勢斎宮さいくうと密通する、という第69段の話に由来するという説が有力です。

画像 : 伊勢物語絵巻初段

成立事情に謎の多い『伊勢物語』は、作者も不明で、在原業平の縁者や紀貫之など、こちらも諸説あり、また様々な人物が手を加えて次第に出来上がっていったのではないか、という指摘もあります。

冒頭

この『伊勢物語』の冒頭は、「昔、男……」で始まります。

第一段は、「男」が、鷹狩りに行った先で見掛けた美人の姉妹に惹かれ、和歌を詠む、という話が描かれます。

昔、男初冠ういこうぶりして、平城の京春日かすがの里に、しるよしして、狩にいにけり。その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり。

出典 : 作者不詳『伊勢物語』

初冠というのは、元服げんぷくとも言い、男子が成人し、初めて冠をかぶる儀式のことです。貴族社会の成人式に当たります。

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はらから、というのは、同胞と書き、兄弟姉妹のことを意味します。

この冒頭を、現代語訳すれば、「昔、ある男が、元服し、奈良の都、春日の里に領地がある縁で、鷹狩りに行った。その里に、とても若々しく美しい姉妹が住んでいた。」という風に話は始まります。

その後、『伊勢物語』の第一段は、次のように続きます。

〈原文〉

昔、男初冠ういこうぶりして、平城の京春日かすがの里に、しるよしして、狩にいにけり。その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり。

この男、垣間見てけり。思ほえず、ふるさとにいとはしたなくてありければ、心地惑ひにけり。

男の、着たりける狩衣の裾を切りて、歌を書きてやる。その男、しのぶずりの狩衣をなむ着たりける。

春日野の若紫のすり衣
しのぶの乱れ限り知られず

となむ、おいつきて言ひやりける。ついでおもしろきことともや思ひけむ。

みちのくのしのぶもぢずりたれゆゑに
乱れそめにし我ならなくに

といふ歌の心ばへなり。昔人は、かくいちはやきみやびをなむしける。

〈現代語訳〉

昔、ある男が、元服し、奈良の都の春日の里に、領地を持っている縁で、狩りに出かけました。その里に、とても若々しくて美しい姉妹が住んでいました。男は、(その姉妹を)物影からこっそりと覗き見てしまいました。思いがけず、(京の都でもなく、このような寂れた)旧都に、たいそう不釣り合いな美しい姉妹がいたので、男はすっかり心を乱してしまいました。

男は、着ていた狩衣の裾を切り、歌を書き、姉妹に贈ります。その男は、しのぶずりの狩衣を着ていました。

春日野の若々しい紫草で染めた衣の、
しのぶずりの模様が乱れているように、
私の心は、美しいあなたたち姉妹を
恋しくしのび、限りなく乱れております。

と、すぐに歌を詠んで送りました。こうした事の次第を、男も趣があることだと思ったのでしょうか。(この歌は)

陸奥のしのぶもじずりの乱れ模様のように、
誰のせいで心が乱れ初めたのでしょう、
私のせいではないのに(あなたのせいですよ)

という昔の歌の趣向を踏まえたものです。昔の人は、このように、(好きになった女性にすぐ恋の歌を贈るような)勢いのある風流な振る舞いをしたのでした。

出典 : 作者不詳『伊勢物語』

男は、その美人姉妹を偶然すき間から覗き見し、京の都ならいざ知らず、このような(寂れた)旧都に不釣り合いなほどの(美しい)姉妹たちの様子に心が動揺します。

そして、彼は、自分が着ていた、しのぶずりの狩衣かりぎぬの裾を切り、その想いを歌った和歌を贈ります。

春日野かすがの若紫わかむらさきのすりごろも
しのぶのみだれかぎり知られず

この和歌は、現代語訳すると、「春日野の若々しい紫草むらさきで染めた衣の、しのぶずりの模様が乱れているように、(あなたたち姉妹への恋を)忍んで限りなく心が乱れております。」となります。

こんな風に、男は、すぐに詠んで贈り、そのことを自分でも趣深いと思っただろうか(ついでおもしろきことともや思ひけむ)、と『伊勢物語』の作者は書きます。

世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし 在原業平世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし   在原業平 〈原文〉 世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし ...

それから、この歌は、「みちのくのしのぶもぢずりたれゆゑに乱れそめにし我ならなくに(陸奥のしのぶずりの模様のように私の心が乱れたのは誰のせいでしょうか、私のせいではなく、皆あなたのせいですよ)」を踏まえた、同じ心映えの歌で、昔の人は、こうして熱烈に、風流な振る舞いをしたものだ、という形で、『伊勢物語』の第一段は終わります。

ちなみに、この「みちのくの〜」という和歌の作者は、河原左大臣で、『新古今和歌集』や『百人一首』にも収録されています。

参考
高校古文『春日野の若紫のすり衣しのぶの乱れ限り知られず』わかりやすい現代語訳と品詞分解