鴨長明『方丈記』の冒頭
〈原文〉
ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。
〈現代語訳〉
流れ過ぎる川はけっしてとどまることなく、しかしまた(流れる水は)もとの水でもない。よどみに浮かんでいる水の泡は、消えたり生まれたりを繰り返しながら長いあいだとどまっていることもない。世の中にあるひとと家とも、この流れと同じようである。
概要と解説
鎌倉時代に書かれた鴨長明(1155〜1216)の随筆『方丈記』。この『方丈記』は、『徒然草』『枕草子』とともに「古典日本三大随筆」と称される名作随筆の一つです。
作者の鴨長明は、平安時代末期から鎌倉時代にかけての日本の歌人、随筆家で、晩年は京の郊外、日野山(京都府伏見区日野)に、一丈四方(方丈)の小庵で隠棲をします。
方丈とは、現代で言う四畳半ほどの広さのことを意味します。
下鴨神社(京都市左京区)境内の河合神社に展示された方丈の復元(画像 : Wikipediaより)
この方丈の小庵で生活しながら、世間を観察し、綴られた随筆が『方丈記』です。
作中には、「安元の大火(1177年)」「治承の竜巻(1180年)」「養和の飢饉(1818 – 82年)」「元暦の地震(1185年)」など、鴨長明自身が経験してきた天変地異についても触れられていることから、歴史的な資料としても活用されています。
有名な冒頭文「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し」というのは、こうした天変地異や乱世を経て辿り着いた「無常観」を表現した一文です。
冒頭の現代語訳は、「流れ過ぎる川はけっしてとどまることなく、しかしまた(流れる水は)もとの水でもない。よどみに浮かんでいる水の泡は、消えたり生まれたりを繰り返しながら長いあいだとどまっていることもない。世の中にあるひとと家とも、この流れと同じようである」となります。
これは、この世の全てが流れては消え、消えては生まれながら、「川」は残り続ける、この世にあるひとも住む場所も、同じように無常である、といった意味となります。
英語版の『方丈記』もあり、タイトルは『Hojyoki – Visions of a Torn World – 』と言います
この英語版タイトルの『Visions of a Torn World』とは、直訳すれば「引き裂かれた世界の幻影」という意味になります。
冒頭文の英語訳としては、『英語で味わう日本の文学』に掲載されている英訳以外に、南方熊楠や夏目漱石が英語翻訳した訳文も存在します。
①『英語で味わう日本の文学』
The flow of the river is incessant, and yet its water is never the same, while along the still pools foam floats, now vanishing, now forming, never staying long: So it is with men and women and all their dwelling places here on earth.
*incessant(絶え間ない) *vanishing(消えゆく) dwelling(住居)
②南方熊楠、フレデリック・ディキンズ共訳
Of the flowing river the flood ever changeth, on the still pool the foam gathering, vanishing, stayeth not. Such too is the lot of men and of the dwellings of men in this world of ours.
③夏目漱石
Incessant is the change of water where the stream glides on calmly: the spray appears over a cataract, yet vanishes without a moment’s delay. Such is the fate of men in the world and of the houses in which they live.
*glide(滑るように動く、静かに動く) calmly(穏やかに、静かに) spray(しぶき) cataract(白く泡立つような急流、洪水)
以上、鴨長明『方丈記』の冒頭文でした。
参考
鴨長明『方丈記』
英訳「方丈記」~ゆく河の流れは絶えずして [日本の文化]