日本文学

ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一ひらの雲 意味(現代語訳)

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ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一ひらの雲  佐々木信綱

〈原文〉

ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なるひとひらの雲

〈現代語訳〉

秋の暮れの奈良の薬師寺の塔の上にある、ひとひらの雲よ

概要と解説

作者の佐佐木信綱のぶつなは、三重県出身で、明治初期から昭和にかけての歌人です。

国学者の父のもと、幼少期から短歌をつくり、大人になってからも東京帝国大学で和歌史の教授をしながら多数の歌集を残します。

この「ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一ひらの雲」という短歌は、そんな佐佐木信綱の代表作として知られている歌で、教科書で教わったという人も少なくないかもしれません。

それではこの歌は、一体どんな情景を詠んだ短歌なのでしょうか。

冒頭の「ゆく秋」とは、晩秋や秋の暮れを意味します。季節は、晩秋。大和の国とは、現在の奈良県を指します。

秋の終わり頃、奈良の薬師寺にある、美しい塔。その塔の上に浮かぶ一ひらの雲。

そういった情景が浮かび上がってきます。

ゆく秋の大和の国の薬師寺の─と歌のなかで繰り返される「の」が特徴的で、リズミカルで音楽的な上に、まるで塔のような構造になっているのも、この短歌の魅力です。

朗読してみると、塔が空に向かって伸びていき、その塔の先に、一ひらの雲が浮かんでいる情景が思い描かれるようです。

季節を表す「ゆく秋」という表現によって、どこか寂しげな心象を抱かせる効果もあるかもしれませんし、最後を「一ひらの雲」と体言止めにしていることによって余韻も残しています。

奈良県の薬師寺の境内には、佐佐木信綱の短歌が刻まれた歌碑が建っています。

薬師寺 東塔と中門

薬師寺は、奈良県の西の京町にある天武天皇9年(680年)に建てられた古寺で、東塔は国宝になっています。

以上、佐佐木信綱の歌「ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一ひらの雲」の意味と現代語訳でした。