石川啄木〜晴れし空仰げばいつも口笛を吹きたくなりて吹きてあそびき〜意味と現代語訳
〈原文〉
晴れし空仰げばいつも
口笛を吹きたくなりて
吹きてあそびき
〈現代語訳〉
晴れている空を仰ぎ見ると、いつも口笛が吹きたくなって、口笛を吹いて遊んだなあ。
概要
歌人の石川啄木は、故郷の岩手県渋民村を出てから、札幌や釧路、函館など北海道を渡り歩いたのち、小説家になる夢を持って東京に上京。
この「晴れし空仰げばいつも口笛を吹きたくなりて吹きてあそびき」という短歌は、当時東京の朝日新聞社で働いていた啄木が、懐かしい中学時代のことを思い出し詠んだ一首で、歌集『一握の砂』に収められています。
空と口笛と少年時代、という爽やかな情景が、もう過ぎ去ってしまった遠い過去として描かれることで、いっそう哀愁も際立ちます。
下の句の最後「遊びき」の「き」は、過去を表す助動詞で、「けり」との違いとして、「き」は自分が直接体験した過去を表します(「けり」は、「〜だったそうだ」と他人から伝え聞いた事柄を意味した過去表現になります)。
ちなみに、同じときに詠んだ短歌として、「不来方のお城のあとの草に臥て空に吸はれし十五のこころ」という歌も有名です。
これは、「不来方城の城跡の草の上に寝転び、空を見ていたら、十五歳のときの自分の心は空に吸われるようだった」という意味の歌です。
この不来方城というのは、岩手にあるお城で、今は盛岡城跡公園となっています。
園内には、宮沢賢治の詩碑や、啄木の歌碑があります。