北原白秋への想いを綴った萩原朔太郎の手紙
詩集『月に吠える』で有名な、日本近代詩の父とも称される、1886年生まれの詩人、萩原朔太郎。
酒飲みで一本気、感情が乱れやすく、幻覚にも悩まされる。手紙を読んでいると、萩原朔太郎という詩人は、くねくねと曲がっているというより、あちらに真っ直ぐ突っ込み、こちらに真っ直ぐ突っ込み、結果的にぐるぐるとさまよっているように見える、といった印象も抱かせます。
萩原朔太郎(1915年)
その「真っ直ぐ」の一つとして、ほとんど同世代の詩人である北原白秋に対する、恋心にも近い感情があります。
萩原朔太郎と北原白秋は、年齢的にも近く、一時期とても親しい関係にあり、朔太郎は白秋に師事し、また友人関係でもあったようです。
その敬意の想いは強く、1914年の10月に送られた、北原白秋に向けたラブレターと言ってもいいような朔太郎の手紙が残っています。
北原白秋様
わずかの時日の間にあなたはすっかり私をとりこにされてしまった、どれだけ私があなたのために薫育(くんいく)され感慨されたかということをあなたにはご推察できますか、
朝から晩まであなたからはなれることができなかった私をお考え下さい、一日に二度も三度もお伺いしてお仕事の邪魔をした私の真実を考えてください、夜になれば涙を流して白秋氏にあいたいと絶叫した一人のときの私を想像してください
(中略)
私はあなたを肉親以上の母と思う、私はかなりいろいろな人につきあったが不幸にして心から惚れた人はありませんでした(好きな人は多いが)室生君は始め僕に悪感をいだかせた人間ですが三ヶ月の後にすっかり惚れてしまいました、今では室生君と僕との中は相思の恋仲である、
こんな人はもはや二人とはあるまいと確信していたのがあなたに逢ってから二度同性の恋というものを経験しました、
恋といっては失礼かもしれないが、僕があなたをしたう心はえれなを思う以上です
(中略)
あなたの芸術が私にどれだけの涙を流させたか、その涙は今あなたの美しい肉身にそそがれる、真に随喜の法雨だ、心身一所なる鶯(うぐいす)の妙ていだ、私の感慨は狂気に近い、かんべんして下さい、あなたをにくしんの母と呼ぶ、
萩原朔太郎『萩原朔太郎全集 第13巻』より
まさに詩人のラブレターと言うほどの圧巻の手紙です。
夜になったら「白秋氏に会いたい」と涙を流して絶叫した、と言い、「肉親以上の母」や「同性の恋」と表現しているのですから、その熱い想いは相当なものでしょう。
ちなみに、この文中に登場する「室生君」というのは、詩人の室生犀星のことで、「えれな」とは、朔太郎の妹の友人であり、朔太郎がずっと好きだった女性を指しています。
手紙の最後は、次のように締められています。
はじめ私はあなたをどこかこわい人だと思った、今ではなつかしくてたまらない人だ、逢いたい、逢いたい、
私はきちがいだ、あまり一本気にすぎる、そのくせおく病だ、憎い奴は殺さなければ気がすまない、好きな人は抱きつかなければ気がすまない、僕はここにいます
朔太郎
萩原朔太郎『萩原朔太郎全集 第13巻』より