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短歌と俳句の違いとは

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短歌と俳句の違いとは

短歌と俳句は、どちらも日本を代表する詩の形ですが、その成り立ちや形式、表現の方向性にははっきりした違いがあります。

字数が定められた短い詩という点では、見た目は似ているものの、両者は型式だけでなく、作風や呼吸などだいぶ異なった特徴があります。

形式の違い

短歌と俳句のもっとも分かりやすい違いは、文字数も含めた形式です。

短歌は 五・七・五・七・七というリズムの31音、俳句は 五・七・五という17音 という基本的な型を持ちます。

短歌は俳句の約倍の長さがあり、その分、時間の流れや複雑な感情の推移を含みやすい構造になっています。

一方、俳句は短く、目の前の瞬間を鮮烈に切り取ることに特化しています。

【短歌】

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日(俵万智)

恋人に、この味がいいね、とサラダを褒めてもらったことが嬉しくて、思わずサラダ記念日と名付けてしまった、という喜びの感情がドラマ性とともに伝わってきます。

【俳句】

古池や蛙飛びこむ水の音(松尾芭蕉)

静まり返った古池に、ぽちゃんと、蛙の飛び込んだ音がする。そしてまた静寂が訪れる。その瞬間が切り取られています。

こんな風に、短歌と俳句では、文字数の違いに伴って、その時間性や感情面における表現の違いも見られます。

ちなみに、短歌には、同じ型式を指して和歌という言い方もありますが、日本に古くからある和歌の一種として短歌という種類がある、という棲み分けになっています。

ただ、ざっくり分け、その歌が明治以前の場合は和歌。明治以降の場合は短歌といった呼び分けられ方をすることもあります。

歴史的背景

短歌と俳句は、歴史的背景に関しても違いがあります。

短歌は『万葉集』の時代から続く非常に古い詩形で、宮廷文化を中心に、恋や嘆き、人生観といった個人の内面を歌い上げるために発展します。

対して俳句は、連歌の第一句である「発句」を起源とする比較的新しい詩形です。松尾芭蕉によって芸術性が高められ、明治時代に正岡子規らによって独立した近代詩として確立されます(俳句という呼び名もここで生まれます)。

俳句は個人の感情を直接語るよりも、自然や世界の一場面を客観的にどう写すかに重きが置かれます。

季語と題材

季語の扱いも、短歌と俳句の大きな違いです。

俳句には原則として季語が必須であり、季語を用いることで時間・空気・文化的背景を一気に立ち上げます。

一方、短歌には季語の制約はありません。季節を愛でる心は共通していますが、恋、家族、社会問題など、題材はより自由で広範です。

たとえば、先ほども挙げた俵万智さんのもう一つ代表作として知られる短歌に、次のような歌があります。

「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ(俵万智)

この短歌も、「寒い」という言葉は出てきますが、本質は季節ではなく、心の交流という普遍的な愛の形を詠んでいます。

まとめ

総括すると、短歌は、少しだけ動く動画的な表現で、心の動きを抒情的に描写する31音の詩。

俳句は、カメラのように、世界の一瞬を切り取るような17音の詩、といった形で捉えられるかもしれません。

どちらが優れているということではなく、また、時代ごとによっても表現の幅も広がっているので、簡単に言い切ることはできませんが、短歌と俳句には、おおむねこういった違いがあると言えるでしょう。