春過ぎて夏来たるらし白妙の衣干したり天の香具山 持統天皇
〈原文〉
春過ぎて夏来たるらし白妙の衣干したり天の香具山
〈現代語訳〉
春が過ぎ、夏が来たようです。(夏の青葉に包まれた)天の香具山のあたりに、白い衣が干されていますね。
概要と解説
作者の持統天皇は、645年(大化元年)頃に生まれ、703年(大宝2年)に亡くなったとされ、天智天皇(中大兄皇子)の第二皇女です。
持統天皇の代表的な和歌で、『万葉集』収録の歌が、「春過ぎて夏来たるらし白妙の衣干したり天の香具山」です。
持統天皇即位後に遷都した藤原京から、東南の方角にある香久山を眺め見て詠んだ歌で、現代語訳すると、「春が過ぎ、夏が来たようです。(夏の青葉に包まれた)天の香具山のあたりに、白い衣が干されていますね。」という意味合いになります。
まず、最初の「春過ぎて夏来たるらし」とは、「いつの間にか春が過ぎ、夏が来たようだ」という意味です。
春が過ぎ、夏至が今まさに訪れる、ちょうど季節としては春から夏のあいだにかけての頃でしょうか。ああ、もう夏が来るなあ、という頃です。
次の「白妙」とは、真っ白な布や白色を意味し、この「白妙の衣干したり」から、白い布の衣を干している様子が伺えます。
この布は、神事のときに着る白い布と考えられ、夏になると干す習わしがあったようです。
持統天皇の御製で万葉集の中でもよく知られる歌。白妙の衣は、神事に関する白い衣のことと思われ、神聖な香具山の風物により季節の移り変わりを詠んだ歌とされる。
春から夏にかけての季節の移り変わりを、干されている白い衣の光景によって表現したのでしょう。
最後の「天の香具山」とは、奈良県にある山で、「大和三山」の一つです。
大和三山(香久山、畝傍山、耳成山)のなかで、香具山は、もっとも神聖視されている山であり、「天の」とつくのは、「天から降りてきた山」と言われることに由来します。
天から降ってきたという伝説だけでなく、天の岩戸の神話の舞台にもなっています(参照 : 天の岩戸と七本竹|奈良のむかしばなし)。
また、甘橿明神という神さまが存在し、人間の言動の真偽を確かめるために、香具山で神水に濡らした衣を干した、という伝承もあります。
他にも、畝傍山を女性に見立て、耳成山と香具山が奪い合ったという話も残っているそうです。
香具山は、先ほども触れたように、神聖な山として「天の」という言葉が冠につけられ、神事用の衣を干すのにふさわしい場所とされていたようです。
そのため、干されている「白妙の衣」とは、神事のときに着る斎衣と考えられていますが、その他、季節の変わり目の衣替え説や、初夏に咲く卯の花の比喩といった説などもあります。
いずれにせよ、持統天皇は、藤原京から香具山を眺め、夏になると干されるというこの白い衣の並んでいる光景を眺めながら、夏の訪れを思ったのでしょう。
ちなみに、『新古今和歌集』では、「春過ぎて夏来たるらし白妙の衣干したり天の香具山」ではなく、「春過ぎて夏来にけらし白妙の衣干すてふ天の香具山」という形で残っています。
この「来にけらし」とは、「けるらし」の縮まった形で、同じように「夏が来たらしい」という推測の意味になります。
ほとんど意味に違いはありませんが、「来にけらし」のほうが、優美な表現となっています。
もう一つ、「干したり」と「干すてふ」では、「干したり」のほうが、実際に目にしているだろう干されている情景を描き、より写実的になります。これが「干すてふ」となると、伝聞の意味合いになります。
百人一首では、後者の「春過ぎて夏来にけらし白妙の衣干すてふ天の香具山」が収録されています。

