日本文学

こんなよい月を一人で見て寝る 意味

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こんなよい月を一人で見て寝る 尾崎放哉


〈原文〉

こんなよい月を一人で見て寝る

概要と解説

作者の尾崎放哉ほうさいは、鳥取県出身で、種田山頭火と並んで代表的な自由律俳句の俳人です。

自由律俳句とは、季語や5・7・5にとらわれずに、自由なリズムで詠む俳句のスタイルで、口語体で書かれることが多いという特徴があります。

尾崎放哉の代表作と言えば、「咳をしても一人」が有名で、誰もいない部屋で咳の音だけが響き、そのあとの静けさと寂しさが想像されます。

また、同じく孤独感が伝わってくるような俳句で、「こんなよい月を一人で見て寝る」という句があります。

こんなにも短い言葉なのに、映像的にも想像が膨らみます。

たとえばこの月は、雲一つない夜空に輝く満月でしょうか。それとも、かすんだ朧月でしょうか。ひっそりとある三日月でしょうか。

それぞれの解釈によりますが、眩しいほどの満月だからこそ、一人で見ているときの寂しさが際立ってくるような気もします。

また、いったいどこから見ているのか、もう寝床で横になりながら、窓の向こうに見えているのでしょうか。

あるいは、少しだけ外に出ているときに月が綺麗だなと思って、そのあと、帰って眠るだけ、ということかもしれません。

また、月は本来秋の季語。でも、この句の場合季節を縛ったものではなく、解釈に委ねられています。

なんとなく秋や冬のような肌寒い季節のようにも感じられます。

いずれにせよ、月の美しさとの対比や味気ない独り言のような表現によって、「一人で寝る」という言葉から醸し出される孤独感や寂しさがより澄んだものとして伝わってくるようです。

ちなみに、この句は、現代のミュージシャンで二人組バンドのヨルシカが『嘘月』という曲でオマージュしています。