君待つと我が恋ひをれば我が屋戸のすだれ動かし秋の風吹く 額田王
〈原文〉
君待つと我が恋ひをれば我が屋戸のすだれ動かし秋の風吹く
〈現代語訳〉
あなたのことを恋しく思いながら待っていると、私の部屋のすだれを動かして、秋の風が吹いてくる。
概要
この歌は、現存する日本最古の歌集『万葉集』に収められている和歌で、作者は、額田王という7世紀半ば、飛鳥時代の皇族・歌人の女性です。
額田王に関する出自の記述はほとんどなく、生まれた場所についても諸説あり、詳しいことはわかっていません。
額田王は、大海人皇子(当時は皇太子で、のちの天武天皇)の妃で、その後、皇子の実兄である天智天皇と結ばれることになります。
この「君待つと我が恋ひをれば我が屋戸のすだれ動かし秋の風吹く」という歌の詞書には、「額田王、近江天皇(天智)を思ひて作る歌」とあり、額田王が天智天皇を思って詠んだ歌とされています。
現代語訳は、「あなたを恋しく思いながら待っていると、私の部屋のすだれを動かして、秋の風が吹いてくる」となり、繊細な恋心を詠んだ歌です。
冒頭にある「君待つと」とは、「君を待っているとき」ということです。
その後の「我が恋ひをれば」の「恋ひをる」とは、現代読みでは「こいおる」となり、「恋しい状態でじっとしている、その状態が続いている」という意味です。
あなたのことを恋しい気持ちで、じっと思って待っていると──「屋戸」のすだれが動き、秋の風が吹いてきます。
この「屋戸」とは、「宿」とも書き、「家や部屋」のこと。また、「家の戸口(出入り口)」も指します。
すだれは、現在でも使われていますが、竹や葦を細かく割り、糸で編み連ねたものです。
恋しい人のことを思いながら、家でじっと待っているときというのは、ほんのわずかのことでも心が揺れ動くもの。そんなとき、ふいにすだれが動きます。
心が一瞬ときめくものの、秋の風によってすだれが揺れ動いただけなのだとわかります。
秋の風が吹き、すだれがかすかに動いている。はっと顔をあげるも、そこには誰もいない、といった寂しげな光景が浮かぶようで、繊細な恋する女性の心情が描かれている歌です。
現代で言えば、たとえば、車が停まる音であったり、携帯電話のメッセージの通知音やバイブレーションなど、一瞬、「あの人だ」と思っても、実際は違った、というときの心情に通じるものがあるのかもしれません。
