安倍女郎〜今更に何をか思はむうちなびきこころは君によりにしものを〜意味と現代語訳
〈原文〉
今更に何をか思はむうちなびきこころは君によりにしものを
〈現代語訳〉
今更になにを物思いなどしましょう。すっかりとうちなびいて心は君に寄り添っているというのに。
概要
この歌は、現存する日本最古の和歌集『万葉集』に収録されている恋歌の一つで、作者は安倍女郎です。
安倍女郎は生没年不詳の女性で、万葉集には、5首の和歌が掲載されています。ただし、「郎女」というのは女性に対する呼称であって名前ではなく、万葉集に出てくるこの人物が全て同一人物かは不明のようです。
さて、「今更に何をか思はむうちなびきこころは君によりにしものを」という歌は、現代語訳すると、「今更になにを物思いなどしましょう。すっかりとうちなびいて心は君に寄り添っているというのに」という意味になります。
物思いというのは、思いわずらうということで、今更あれこれと思いわずらうようなことはない、というニュアンスになります。
また、「うちなびく」という言葉は、「草や髪が風になびく」という以外に、「強く惹きつけられる」という意味があり、全体を通して見ると、今更もう思い悩むこともないでしょう、すっかり心が惹かれ、君に寄り添っているのだから、という深い恋心を歌っている和歌と言えるでしょう。
愛や恋というのは、様々なことで揺らぎ、不安になり、思い悩んでしまうもの。
しかし、この歌では、あなたに心底惹かれている以上は、思い悩むこともない、といった頑なで強い愛情を感じさせます。
万葉集で、同じ作者(安倍郎女)とされる和歌として、「わが背子は物な思ひそ事しあらば火にも水にもわれ無けなくに」もあります。
これは現代語訳すると、「私の愛しい人は物思いなどなさらないでください。いざ何か事があれば、私が火にも水にも入りますから」という意味になります。
上の句の「背子」というのは、夫や恋人を指す言葉で、そんな愛しいあなたに対し、思いわずらうことはない、と歌います。
なぜなら、もし何かあったら、火も水もいとわない私がいるのだから、というわけで、もう一つの和歌も合わせるといっそう、この女性が、相当に情熱的な恋心を持っていることが伺えます。
自分はもう恋に思い悩むことはない、あなたを愛しているのだから、そしてまた、あなたももう悩むことはない、この私がいるのだから、ということでしょうか。
ひたすらに真っ直ぐ恋に生きる女性の想いが伝わってきます。ちなみに、この歌が、誰に向けた歌かというのは分かっていないようです。