旅に病んで夢は枯野をかけめぐる 松尾芭蕉
〈原文〉
旅に病んで夢は枯野をかけめぐる
〈現代語訳(句意)〉
旅の途中で病床に伏していながら、夢のなかではなお枯野をかけめぐっている。
概要と解説
この句の作者は、『おくのほそ道』で知られる、江戸時代前期の俳諧師である松尾芭蕉です。
芭蕉は、晩年、弟子たちのいさかいのあいだを取り持つために大阪に向かった先で病床に伏し、発熱や頭痛、寒気に悩まされ、一時回復するも、ひどい下痢などで再び体調が悪化。
次第に病状が重くなり、50歳で亡くなります。
死因ははっきりとはわかっていませんが、心労がたたったとも言われています。
松尾芭蕉の代表作としては、俳句を盛り込んだ紀行文の『おくのほそ道』や、「古池や蛙飛び込む水の音」「夏草や兵どもが夢の跡」といった句も有名です。
また、病床のさなかに詠んだ、この「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」も、芭蕉の代表的な句としてよく取り上げられる名句の一つです。
旅の途中で病床に伏しているものの、眠っている夢のなかでは、なおも枯野をかけめぐっている、という旅を愛した芭蕉らしい句です。
枯野とは、草木の枯れはてた野原のことを指し、冬を表す季語です。
夢のなかで旅をしている枯野の情景によって、その物悲しさがいっそう伝わってくるようでもあります。
この句は、芭蕉が亡くなる4日前に詠まれたことから、松尾芭蕉の「辞世の句」として紹介されることもありますが、果たして本当に「辞世の句」と言えるかどうかという点は議論が残っています。
そもそも「辞世」というものが、死に臨んで遺す詩歌や句などを意味し、芭蕉本人が、「死を覚悟して詠んだか」という辺りで議論が分かれ、特に着目される点として、前書きにある「病中吟」が挙げられます。
病中吟とは、「病床にあって詠んだ句」という意味です。
病中だと、わざわざ句のなかに書かれている「旅に病んで」と重複しながら前書きにもつけているということは、芭蕉の意識として、あくまで今は病で伏しているだけで、まだ旅の途中で、これからも旅を続けたいと思っている、辞世の句のつもりで詠んだものではなかったのではないか、といった指摘があります。
だから、松尾芭蕉にとって「生前最後の句」ではあっても、意識して詠んだ「辞世の句」ではなかったのではないか、ということです。
作品の解釈も、微妙に分かれ、「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」という句に込めた想いとして、「夢のなかではまだ枯野をかけめぐっているが、病に倒れ、もう自分は旅に出られないのだ」という悲壮感があるのか、それとも、「また治って旅に出たいものだ」という未来への願いも込められていたのか。
枯野は、冬の枯れ果てた寂しい景色ではありますが、一方で、やがて訪れる芽吹きの春への期待も表します。
諦めと希望と、両方が入り混じった句だったのか、あるいは、必ずしも悲しみだけの死ではなく、死と命のめぐりが紡ぐ光を重ね合わせた表現だったのかもしれません。
