雑学

『土佐日記』ではなく『土左日記』という表記は「フィクション」の証か

当サイトは記事内に広告および作品のネタバレを含む場合があります

『土佐日記』ではなく『土左日記』?

鎌倉時代、紀貫之が書いたひらがなを使った日記である『土佐日記』。「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」という冒頭は有名な一文です。

当時、日記と言えば、男が公務の記録として漢文で書くもの。一方、和歌などで使用するとき以外、主に女性が使用する文字だったひらがなは、使われることがありませんでした。

しかし、ひらがなでしか表現することのできない感情があると思ったのか、紀貫之は、「女」として日記をひらがなで書く、という文学的な試みに挑戦する。

それが『土佐日記』です。

タイトルは、一般的には『土佐日記』の表記が使われるかもしれませんが、正式には『土左日記』です。

自筆原本から直接筆写されたと明記されている写本では、「佐」ではなく「左」という表記になっています。

画像 : 藤原為家版『土左日記』(1236年、筆写)|文化遺産オンライン

土佐国から京までの旅を描いた日記なら、『土佐日記』のはず。ところが、貫之は『土左日記』とします。

一体なぜ、表記にこの「左」を用いたのでしょうか。

当時、両方が使われていたという可能性もある一方で、『土左日記』という題名で現代語訳を出版している作家の堀江敏幸さんは、この理由について面白い考察をしています。

紀貫之は実際の土佐国から意味を離し、『土佐日記(エッセイ)』ではなく、『土左日記(フィクション)』として書きたかったのではないか、と堀江さんは言います。

土佐国を舞台にして、その土地や人々との関わりに重きを置いた書き物であれば、当然『土佐日記』としたでしょう。

それを、あえて、音だけもらって「土左」と表記したのは、この本の内容を実際の土地から離したかったからだと思います。

現実に密着しすぎないよう、距離を取りたかった。つまり、この物語が最初から「虚構」であることを示すしるしだということです。

出典 : 堀江敏幸他『作家と楽しむ古典』

このケースとは少し異なりますが、現代でも漫画のなかで「マクドナルド」を「マケドナルド」とするなど、現実社会と微妙にずらすために名前を変えるといった工夫が行われることがあります。

この『土左日記』という表記も、フィクションであることを示すための言葉遊び的なものだったのかもしれません。

実際、土佐から帰っていく旅の途上で書かれた「日記」ではなく、京に帰ってから書かれたもので、随所に虚構と考えられる部分も混ざっていることから、日記というより、日記風の文学、というほうが正しいのでしょう。