51 藤原実方朝臣 ?〜998
〈原文〉
かくとだにえやは伊吹のさしも草さしも知らじな燃ゆる思ひを
〈現代語訳〉
せめて、こんなにもあなたに恋しているのだと言えればいいのですが、言えません。だから、あなたは、伊吹山のさしも草が燃える火のように、燃え上がる私の恋の思いをご存知でないでしょうね。
52 藤原道信朝臣 972〜994
〈原文〉
明けぬれば暮るるものとは知りながらなほ恨めしきあさぼらけかな
〈現代語訳〉
夜が明ければ、やがて日が暮れると、わかっていながら、やはり恨めしい朝ぼらけだなぁ。
53 右大将道綱母 937頃〜995頃
〈原文〉
歎きつつひとり寝る夜の明くる間はいかに久しきものとかは知る
〈現代語訳〉
嘆きながら一人で孤独に寝ている夜が明けるまでの時間が、どれほど長いかご存知ないでしょうね。
54 儀同三司母 ?〜996
〈原文〉
忘れじの行く末までは難ければ今日をかぎりの命ともがな
〈現代語訳〉
「いつまでも忘れない」と言っても、将来もずっと変わらないというのは難しいでしょうから、そう言ってくださる今日が最後の命であればいいのに。
55 大納言公任 966〜1041
〈原文〉
滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなほ聞こえけれ
〈現代語訳〉
滝の流れる水音は、絶えてから長い年月が経ったけれども、その名声は今も流れ伝わって、聞こえてくることよ。
56 和泉式部 976頃〜没年不詳
〈原文〉
あらざらむこの世のほかの思ひ出に今ひとたびの逢ふこともがな
〈現代語訳〉
私はもうすぐ死んで、この世からいなくなるでしょう。あの世への思い出として、せめてもう一度だけ、あなたにお会いしたいのです。
57 紫式部
〈原文〉
めぐり逢ひて見しやそれともわかぬ間に雲がくれにし夜半の月影
〈現代語訳〉
せっかく巡り会えたのに、あなたが本当に幼友達かどうか見分けられないうちに、まるで夜中に隠れる月のように、あっという間にあなたは姿を隠してしまったね。
58 大弐三位
〈原文〉
有馬山猪名の笹原風吹けばいでそよ人を忘れやはする
〈現代語訳〉
有馬山の近くにある猪名の笹原に風が吹き、笹の葉が揺れ、そよそよと音を立てる、そうよ(そよ)、そのようにあなたのことを忘れなどするものですか。
59 赤染衛門
〈原文〉
やすらはで寝なましものを小夜更けてかたぶくまでの月を見しかな
〈現代語訳〉
ぐずぐずと寝ないであなたの訪れを待っているのではなく、さっさと寝てしまえばよかったのに、(あなたのことを待っているうちに)夜が更けて、西に傾いて沈んでいく月を見てしまいました。
60 小式部内侍
〈原文〉
大江山いく野の道の遠ければまだふみも見ず天の橋立
〈現代語訳〉
大江山を越え、生野の道を通り、母の住む丹後国に行く道のりは大変遠いので、まだ天橋立も踏んではいませんし、母からの手紙も届いていません。
61 伊勢大輔
〈原文〉
いにしへの奈良の都の八重桜今日九重に匂ひぬるかな
〈現代語訳〉
いにしえの昔の奈良の都の八重桜が、今日、九重の宮中で美しく咲き誇っていますよ。
62 清少納言
〈原文〉
夜をこめて鳥のそら音ははかるとも世に逢坂の関はゆるさじ
〈現代語訳〉
夜がまだ明けていないのに、鶏の鳴き真似をして騙そうとしても、函谷関ならいざ知らず、この逢坂の関の関守は決して許しませんし、私も騙されて会ったりはしませんよ。
63 左京大夫道雅
〈原文〉
今はただ思ひ絶えなむとばかりを人づてならで言ふよしもがな
〈現代語訳〉
今となってはただ、諦めましょう、ということを人づてではなくあなたに直接伝える方法があってほしいものだ。
64 権中納言定頼
〈原文〉
朝ぼらけ宇治の川霧たえだえにあらはれわたる瀬々の網代木
〈現代語訳〉
夜がほのかに明けてくる頃、宇治川に立ち込めていた霧も薄らいできた。その霧の絶え間から次第に現れてくる、浅瀬にかけられた網代木よ。
65 相模
〈原文〉
恨みわび干さぬ袖だにあるものを恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ
〈現代語訳〉
もう恨む気力もなく、泣き続けて涙を乾かしきれずに朽ちてゆく着物の袖さえも惜しいのに、恋によって悪い噂を立てられ、朽ちていく私の評判がいっそう残念でありません。
66 前大僧正行尊
〈原文〉
もろともにあはれと思へ山桜花よりほかに知る人もなし
〈現代語訳〉
私があなたを愛おしいと思っているように、あなたも愛おしいと思っておくれ、山桜よ。この山奥には、桜の花以外に、私の気持ちをわかってくれる人などいないのだから。
67 周防内侍
〈原文〉
春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなく立たむ名こそ惜しけれ
〈現代語訳〉
短い春の夜の儚い夢のような、あなたのたわむれの手枕のせいで、もしつまらない浮き名が立ってしまうのであれば口惜しいではありませんか。
68 三条院
〈原文〉
心にもあらで憂き世にながらへば恋しかるべき夜半の月かな
〈現代語訳〉
心にもなく、この儚くつらい現世で生き長らえたなら、きっと恋しく思い出されるに違いない、今宵の月だなぁ。
69 能因法師
〈原文〉
あらし吹く三室の山のもみぢ葉は龍田の川のにしきなりけり
〈現代語訳〉
激しい山風が吹いている三室山の紅葉が吹き散らされ、竜田川の水面を彩る美しい錦のようだ。
70 良暹法師
〈原文〉
寂しさに宿を立ち出でてながむればいづこもおなじ秋の夕暮れ
〈現代語訳〉
寂しさのあまり庵を出て外を眺めたら、どこも同じように寂しい秋の夕暮れよ。
71 大納言経信
〈原文〉
夕されば門田の稲葉おとづれて芦のまろやに秋風ぞ吹く
〈現代語訳〉
夕方になると、家の門前に広がる田んぼの稲の葉に音を立てて、芦葺きの田舎家に秋風が吹き渡ってくるよ。
72 祐子内親王家紀伊
〈原文〉
音に聞く高師の浜のあだ波はかけじや袖の濡れもこそすれ
〈現代語訳〉
噂に名高い、高師の浜にいたずらに立つ波にかからないようにしますよ、袖が(涙で)濡れては困りますから(浮気者だと噂に高い、あなたの言葉は心にかけずにおきますよ、涙で袖を濡らしてはいけませんから)。
73 権中納言匡房
〈原文〉
高砂の尾の上の桜咲きにけり外山の霞立たずもあらなむ
〈現代語訳〉
遠くにある高い山の頂にある桜が咲いた。近くの山の霞よ、桜が霞んでしまわないように、どうか立たずにいてほしい。
74 源俊頼朝臣
〈原文〉
憂かりける人を初瀬の山おろしよはげしかれとは祈らぬものを
〈現代語訳〉
私に冷淡なあの人に愛されたいと初瀬の観音様に祈ったけれども、初瀬の山の山おろしよ、こんなに冷たく吹き荒れてほしいとは祈っていなかったのに、お前のように、あの人もどんどん冷たくなっていく。
75 藤原基俊
〈原文〉
契りおきしさせもが露を命にてあはれ今年の秋も去ぬめり
〈現代語訳〉
お約束してくださった、「私を頼りにしなさい」というあなたの言葉を頼みの綱にしているうちに、ああ、今年の秋も虚しく去っていくようだ。
76 法性寺入道前関白太政大臣
〈原文〉
わたの原漕ぎ出でて見れば久かたの雲居にまがふ沖つ白波
〈現代語訳〉
大海原に漕ぎ出して遠くを眺めてみれば、空の雲かと見間違うほどに沖に立つ白波よ。
77 崇徳院
〈原文〉
瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ
〈現代語訳〉
瀬の流れが速く、岩にせき止められた滝川の急流が二つに分かれても、また一つになるように、あなたと今は別れても、いつかきっとまた逢おうと思う。
78 源兼昌
〈原文〉
淡路島通ふ千鳥の鳴く声に幾夜ねざめぬ須磨の関守
〈現代語訳〉
淡路島へ飛び交う千鳥の鳴き声に、幾夜目を覚ましただろうか、須磨の関守は。
79 左京大夫顕輔
〈原文〉
秋風にたなびく雲の絶え間よりもれ出づる月の影のさやけさ
〈現代語訳〉
秋風にたなびく雲の切れ間から漏れ差してくる月の光のなんと澄んで美しいことよ。
80 待賢門院堀河
〈原文〉
ながからむ心も知らず黒髪の乱れて今朝はものをこそ思へ
〈現代語訳〉
昨夜契りを交わしたあなたの愛情が長く続くかどうか分からずに、お別れした今朝はこの乱れる黒髪のように心も乱れ、物思いに沈んでいます。
81 後徳大寺左大臣
〈原文〉
ほととぎす鳴きつる方を眺むればただ有明の月ぞ残れる
〈現代語訳〉
ほととぎすが鳴いたほうを眺めれば、ただ有明の月だけが残っている。
82 道因法師
〈原文〉
思ひわびさても命はあるものを憂きに堪へぬは涙なりけり
〈現代語訳〉
恋の思いにこれほど疲れ切っていても、命は続いているのに、辛さをこらえきれずに流れてくるのは涙であることよ。
83 皇太后宮大夫俊成
〈原文〉
世の中よ道こそなけれ思ひ入る山の奥にも鹿ぞ鳴くなる
〈現代語訳〉
この世には、悲しみや辛さから逃れる道などないのだなぁ、思い詰めて入った山の奥でも鹿が悲しげに鳴いている。
84 藤原清輔朝臣
〈原文〉
ながらへばまたこの頃やしのばれむ憂しと見し世ぞ今は恋しき
〈現代語訳〉
生き長らえれば、苦しい今もいつか懐かしく思い出されるのだろうか、あれほど辛かった昔の日々も、今は恋しく思えるのだから。
85 俊恵法師
〈原文〉
夜もすがらもの思ふ頃は明けやらで閨のひまさへつれなかりけり
〈現代語訳〉
夜通し恋に思い悩んでいる今日この頃は、いつまでも夜が明けなくて、(明け方の光が射し込んでこない)戸の隙間さえ冷たく無情に感じられることよ。
86 西行法師
〈原文〉
なげけとて月やはものを思はするかこち顔なるわが涙かな
〈現代語訳〉
嘆けと、月が私に物思いをさせるのでしょうか、いやそうではない、それなのに、まるで月のせいあるかのようにして流れる私の涙よ。
87 寂蓮法師
〈原文〉
村雨の露もまだ干ぬまきの葉に霧立ちのぼる秋の夕暮
〈現代語訳〉
通り過ぎていったにわか雨の滴もまだ乾ききっていない杉や檜の大木の葉の辺りに、ゆっくりと白い霧が立ち昇ってくる秋の夕暮れよ。
88 皇嘉門院別当
〈原文〉
難波江の芦のかりねの一夜ゆゑ身をつくしてや恋ひわたるべき
〈現代語訳〉
難波江に群生する葦の刈り根の一節ではありませんが、たった一夜だけの仮寝のために(一晩だけ一緒に過ごしたせいで)、あの澪標のように、身を尽くして生涯恋い焦がれ続けなければならないのでしょうか。
89 式子内親王
〈原文〉
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする
〈原文〉
私の命よ、絶えるものなら絶えてしまえ、このまま生き長らえていたら、耐え忍ぶ心が弱って恋心が表に溢れ出てしまうかもしれないから。
90 殷富門院大輔
〈原文〉
見せばやな雄島の海人の袖だにも濡れにぞ濡れし色は変はらず
〈現代語訳〉
この血の涙で真っ赤に染まった袖をあなたに見せたいものです。松島にある雄島の漁師の袖さえも、波で濡れに濡れても色は変わらないというのに。
91 後京極摂政前太政大臣
〈原文〉
きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣かたしきひとりかも寝む
〈現代語訳〉
こおろぎが鳴く霜の降る寒い夜に、私は狭い筵に自分の衣だけを敷いて一人寂しく寝るのだろうか。
92 二条院讃岐
〈原文〉
わが袖は潮干にみえぬ沖の石の人こそ知らね乾く間もなし
〈現代語訳〉
私の袖は、引き潮のときでさえ見えない沖の石のように、誰にも知られずに恋の涙で濡れ、乾く間もない。
93 鎌倉右大臣
〈原文〉
世の中は常にもがもな渚こぐ海人の小舟の綱手かなしも
〈現代語訳〉
世の中は、こんな風に永遠に変わらずにあってほしいものだ。波打ち際を漕ぐ漁師の小舟を綱で引いていく光景の切なくも愛おしいことよ。
94 参議雅経
〈原文〉
み吉野の山の秋風小夜ふけてふるさと寒く衣うつなり
〈現代語訳〉
奈良の吉野の山に秋風が吹き、夜が更け、かつて古都であった吉野は寒々しく、衣を砧で叩く物悲しい音が聞こえてくる。
95 前大僧正慈円
〈原文〉
おほけなくうき世の民におほふかなわが立つ杣に墨染の袖
〈現代語訳〉
身の程もわきまえないことだが、この辛い浮き世を生きる民に覆いかけるよ、比叡山に住み始めた私の墨染の袖を。
96 入道前太政大臣
〈原文〉
花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものは我が身なりけり
〈現代語訳〉
桜の花を誘って吹き散らす嵐が吹く庭は、花びらがまるで雪のように降っているが、本当に古りゆくのは、私自身なのだよ。
97 権中納言定家
〈原文〉
来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ
〈現代語訳〉
松帆の浦の夕凪の時刻に焼いている藻塩のように、来てはくれない人を想って、私の身は恋い焦がれているのです。
98 従二位家隆
〈原文〉
風そよぐ楢の小川の夕暮はみそぎぞ夏のしるしなりける
〈現代語訳〉
風がそよそよと楢の葉に吹いている、この楢の小川(上賀茂神社の境内を流れる御手洗川の別名)の夕暮れは、まるで秋のような気配で涼しいが、禊ぎの行事が行なわれていることだけが、夏の証であることよ。
99 後鳥羽院
〈原文〉
人もをし人も恨めしあぢきなく世を思ふゆゑにもの思ふ身は
〈現代語訳〉
人が愛おしくも、また恨めしくも思われる。苦々しい思いを抱えながら、この世を慮るがゆえに、思い悩んでしまう私には。
100 順徳院
〈原文〉
百敷や古き軒端のしのぶにもなほあまりある昔なりけり
〈現代語訳〉
宮中の古い軒にひっそりと生えている忍草を見ていても、偲んでも偲びきれないほどに思い慕われるのは、古き良き時代のことよ。