日本文学

ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聞きにゆく 意味(現代語訳)

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ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聞きにゆく 石川啄木

〈原文〉

ふるさとのなまりなつかし
停車場の人ごみの中に
そを聞きにゆく

〈現代語訳〉

故郷の訛りが懐かしい、停車場の人ごみのなかに、その訛りを聞きにゆく

概要と解説

歌人の石川啄木による、「訛り」という故郷の声音を題材に、望郷の思いを描いた代表作の一つです。

啄木は、岩手県出身で、中学時代に上級生の影響などから文学の道を志し、その後、住まいを転々としながら単身上京、歌集『一握の砂』を刊行します。

この「ふるさとの訛なつかし/停車場の人ごみの中に/そを聞きにゆく」という短歌も、その『一握の砂』に収録されています。

今はあまり聞きなれない言葉ですが、「停車場」とは駅のことを指します。

啄木にとって故郷の訛りである東北弁を求め、停車場の人ごみのなかに人々の声を聞きにゆく、という歌で、ここで詠まれる停車場は、東北の人も多く利用する東京の上野駅だと考えられています。

上野駅には東北から上京してきた人や故郷へ帰る人たちがたくさんいることから、停車場へ行けば故郷の方言を聞くことができ、そんな風にして遠い故郷と繋がろうとしていたのでしょう。

歌のなかに出てくる「ふるさと」は、啄木の出身地である岩手県を指しているのかもしれませんし、解釈は自由ですから、読み手によって、それぞれの故郷を想像することもできると思います。

故郷から東京に出てくると、慣れない都会暮らしや一人の生活で孤独な思いにさいなまれますし、当時は今のような通信手段も発展していませんから、その孤独感はいっそう深かったのではないでしょうか。

そのとき、ふるさとの方言で話す訛りのイントネーションが懐かしく、訛りで溢れる停車場に向かう、といった心情が描かれています。

この啄木の作品に影響を受けた短歌に、同じく東北地方で青森出身の詩人・寺山修司の「ふるさとのなまりなくせし友といてモカ珈琲はかくまでにがし」があります。

この歌の現代語は、「ふるさとの訛りのなくなった友だちといて、モカコーヒーを飲むとこんなにも苦い」です。

寺山が大学入学で上京したあとに詠んだ歌で、ふるさとの訛りをもう使わず、言わば「都会に染まった」ような友人と「モカ珈琲」を飲む。

この「モカ珈琲」とすることで背伸びのニュアンスも込められますし、その居心地の悪さや辛さ、不愉快さや心淋しさ、といった感情が、「にがし」という形で表現されているのでしょう。

石川啄木が死んだのは1912年。一方の寺山修司が死んだのは1983年なので、時代の違いも、両者の歌の肌触りの差として表れているのかもしれません。

ちなみに、上野駅の15番線ホーム付近にはこの石川啄木の歌の歌碑があります。