うたたねに恋しき人を見てしより夢てふ物はたのみそめてき 小野小町
〈原文〉
うたたねに恋しき人を見てしより夢てふ物はたのみそめてき
〈現代語訳〉
うたたねの夢のなかで恋しいあの人とお会いして以来、(ただ儚いと思っていた)夢というものを、頼みにし始めるようになったのです。
概要と解説
作者の小野小町は、平安時代前期の歌人で、言い伝えによれば絶世の美女として知られ、和歌の才能にも秀で、多くの男性に愛されたそうです。
ただ、生没年や本名含め詳しいことは分かっていません。長生きだったという話もあるものの、晩年は落ちぶれ、哀れなものだったという説もあり、いずれにせよ、素性に関しては謎の多い女性となっています。
恋の歌が『古今和歌集』などにあり、当時の代表的な歌人である六歌仙、三十六歌仙の一人でもあります。
鈴木春信『小野小町』
この「うたたねに恋しき人を見てしより夢てふ物はたのみそめてき」という和歌は、平安時代の歌集『古今和歌集』に収録された、切ない恋の歌です。
現代語訳すると、「うたたねの夢のなかで、恋しいあの人とお会いして以来、(ただ儚いと思っていた)夢というものを、頼みにし始めるようになったのです。」という意味になります。
うたた寝とは、寝るつもりはなかったのに、床に入らないままで、ついうとうとと眠ってしまうこと。
うたた寝しているときに、恋しいあの人を夢で見て以来(「見てしより」とは、「見てし時より」という意味)、ただ儚く頼りのないものだった「夢」というもの(夢てふ物)を、頼りにするようになってしまった(頼み初めてき)、と歌います。
小野小町は、それまで夢をあまり頼りにはしていなかったようです。夢がどうということを特段気にしていなかったのかもしれません。
しかし、あるとき、夢のなかで恋しい人と出会って以来、その恋しい人と逢うための方法として、夢を頼りにする、夢を大切にするようになってしまったというそんな恋心が伝わってくる歌です。
この感情は、現代の感覚としても、分かりやすく共感しやすいものがあるのではないでしょうか。
自分にとってそんなに重きを置いたものではなかった儚い夢に、ある夜、恋する人が出てきてしまってから、夢で会えることが嬉しくなり、夢を頼りにしてしまうようになる、というわけです。
この当時、「相手が自分を想ってくれていると夢に出てくる」と信じられていたことから、いっそう恋心と会えない悲しみとがつのった想いが歌われているのでしょう。
小野小町には、この「うたたねに恋しき人を見てしより夢てふ物はたのみそめてき」という和歌の他に、「思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを」という同じく恋と夢にまつわる和歌も残しています。
この歌を現代語訳すると、「想いながら眠りについたから、(あの人が)夢に出てきたのだろうか。もし夢とわかっていたなら(夢から)覚めなかったでしょうに」という意味になります。
ここで言う「人」とは、「想っている人」を指します。
最後の「〜せば……まし」とは、「反実仮想」と言い、「もし〜だったら……だったろうに」という意味になります。
この歌の場合、「夢と知りせば覚めざらましを」とあり、「もし夢だと知っていたら、覚めなかっただろうになぁ」となります。
この和歌でも、恋と夢が題材として歌われています。恋い焦がれる人のことを想いながら眠ったら、あの人が夢に出てきた。ずっと夢のなかにいたかったな、という恋心が伝わってきます。
