『星の王子さま』帽子と象と木箱とひつじの絵
フランスの作家サン・テグジュペリの『星の王子さま』は、第一章、第二章で、語り手である「僕」が大切にしている〈想像力〉のことが描かれています。
まず、冒頭では、幼い頃、原生林に関する本を読んだ際に出てきた、猛獣を飲み込んだ大蛇ボアの絵の思い出を語ります。
大蛇ボア
大蛇ボアは、獲物を丸呑みにしたあと、6ヶ月という長い時間をかけて眠り、ゆっくりと消化していきます。
その絵を見た「僕」が、ジャングルの冒険について考え、最初に色鉛筆で描いた絵が、一見すると帽子に見える絵でした。
大人には帽子に見えるボアの絵
ほんとうは、これは帽子ではなく、象を丸呑みした大蛇ボアの絵です。
でも、この絵を大人に見せるたびに、「帽子でしょ」と言われ、「僕」は仕方なく中身の像の姿も描きます。
しかし、大人たちは、「なかが見えようが見えまいが、ボアの絵はもう置いておきなさい」と言い、そんなことより勉強をしなさい、と「僕」を注意するのでした。
落胆した「僕」は、画家になることを諦め、操縦士を目指し、世界中を飛び回るようになります。
多くの「有能」な大人たちとも会ってきた「僕」は、そのたびに、子供の頃に描いた、像を飲み込んだ大蛇ボアの絵を見せるのですが、皆一様に「帽子でしょ」と言うばかり。
それから「僕」はもう、大蛇ボアの話も原生林の話もせず、ゴルフや政治、ネクタイなどの話をし、大人たちは、趣味のいい人間と知り合えた、と満足します。
以上のように、第一章では、「像を飲み込んだ大蛇ボア」の絵を通じて、誰とも分かり合えなかった「僕」の孤独が語られます。
そして、第二章に続きます。
孤独だった「僕」が、6年前にサハラ砂漠に飛行機が不時着した際、「小さな王子さま(『星の王子さま』を原題通り翻訳すると、『小さな王子さま』になります)と出会ったときのことを語ります。
王子さまは、「ひつじを描いて」と言い、「僕」はひつじの絵を描いたことがなかったので、自分が描ける中身の見えない大蛇ボアの絵を見せます。
しかし、王子さまは、次のように言って「僕」を驚かせます。
「ちがうちがう! ボアに飲まれたゾウなんていらないよ。ボアはすごく危険だし、ゾウはちょっと大きすぎる。ぼくのところは、とっても小さいんだ。ほしいのはヒツジなの。ヒツジの絵を描いて」
出典 : サン・テグジュペリ『星の王子さま』
王子さまは、すぐにそれが帽子ではなく、ボアの絵だとわかったのでした。
次に「僕」は、王子さまの言われた通りに、ひつじを描いて見せるのですが、何度見せても、色々注文をつけ、「ちがうのを描いて」と王子さまは言い、「僕」は最後に、木箱を描きます。
ひつじ
木箱
木箱の絵を見せて、「僕」が、「ほら、木箱だ。きみがほしがっているヒツジは、このなかにいるよ」と言うと、「これだよ、ぼくがほしかったのは!」と王子さまの顔がぱっと明るくなります。
これが、冒頭で描かれる「僕」と王子さまの出会いのシーンです。
誰とも分かり合えることのなかった「僕」が、王子さまとの出会いのなかで、目に見えないものの尊さを通じ、繋がり合えた瞬間でした。
この像を丸呑みしたボアの絵や、ひつじと木箱の絵、そして王子さまとの出会いは、大人が、ほんとうはとても大事なことなのに「そんなことはどうでもいい」という態度でいることや、目に見えないものが大切なんだという、『星の王子さま』全体を通して描かれる哲学を象徴的に表現していると言えるかもしれません。
以上、サン=テグジュペリの代表作『星の王子さま』に出てくる、帽子と象と木箱とひつじの絵の話でした。