海外近現代文学

『星の王子さま』レオン・ヴェルトへの献辞と冒頭

『星の王子さま』レオン・ヴェルトへの献辞と冒頭

フランスの作家サン・テグジュペリの代表作『星の王子さま』は、1943年に出版され、世界中で今も幅広い世代に読み継がれています。

星の王子さまサン・テグジュペリ『星の王子さま』

素朴で優しい挿絵も印象的ですが、この『星の王子さま』の挿絵もサン・テグジュペリ自身が描いています。

作品の冒頭は、本文に入る前に「レオン・ヴェルトへ」と題された献辞があります。

献辞とは、著作物を献呈する言葉で、宛名とともに文章が添えられ、相手には家族や恋人、友人の他に、パトロンなどが挙げられる場合もあります。

以下は、『星の王子さま(河野万里子訳)』の献辞全文です。

レオン・ヴェルトに

この本を、こうしてひとりのおとなにささげたことを、子どものみなさんは許してほしい。なにしろ大事なわけがある。この人は、この世でいちばんの僕の親友なのだ。もうひとつ。おとなだけれど、なんでもわかる人なのだ。子どものために書かれた本でさえ。そして三つめ。この人は今フランスに住んでいて、おなかをすかせ、寒い思いをしているので、なんとかなぐさめてあげたいのだ。それでもみなさんが納得してくれないなら、この本は、昔子どもだったころのその人に、ささげるということにしたい。おとなだって、はじめはみんな子どもだったのだから。(でもそれを忘れずにいる人は、ほとんどいない。)そうして献辞は、こう変えることにしよう。

小さな男の子だったころの
レオン・ヴェルトに

出典 : サン・テグジュペリ『星の王子さま』

サン・テグジュペリは、『星の王子さま』の献辞として、いちばんの親友であるレオン・ヴェルト(訳者によってレオン・ウェルト表記)に宛てています。

彼は、子供のために書かれた本でもわかる大人で、今フランスに住み、お腹を空かせ、寒い思いをしているとあり、だから慰めたいとサン・テグジュペリは綴ります。

そして、もし彼に宛てたということが納得してもらえないようなら、だれもがいつか子供だったのだから、「小さな男の子だったころのレオン・ヴェルトに」と変えよう、と。

この献辞に添えられたレオン・ヴェルトは、実在する人物です(実在しないフィクションの人物だと思っているひとも少なくないかもしれません)。

レオン・ヴェルトは、1879年生まれのフランス人で、サン・テグジュペリより22歳上の作家、ジャーナリストです。

二人は、1931年に出会い、まもなく無二の親友となります。

第一次世界大戦の経験から熱烈な平和主義者となったレオン・ヴェルトは、ユダヤ人だったことから、当時ナチスによる弾圧を恐れ、フランス東部のジュラ山脈の山荘に隠れ住んでいたそうです。

アメリカにいたサン・テグジュペリが、遠い地で心細い思いをしている親友を想って献辞の宛名にしたのでしょう。

本文の冒頭

その献辞のあと、『星の王子さま』本文の冒頭は、以下のように始まります。

大蛇ボア

僕が六歳だったときのことだ。『ほんとうにあった話』という原生林のことを書いた本で、すごい絵を見た。猛獣を飲みこもうとしている、大蛇ボアの絵だった。

出典 : サン・テグジュペリ『星の王子さま』

語り手の「僕」が、原生林のことを書いた本のなかで、猛獣を飲み込んでいる大蛇ボアの絵を見たときのことを語ることから物語は始まります。

ボアは、獲物を噛むことなく、丸呑みし、動けなくなると、6ヶ月のあいだ眠り、ゆっくりと消化していきます。

その絵を見たあと、「僕」は初めて色鉛筆で絵を書き、大人たちに「この絵こわい?」と尋ねますが、大人たちは、「どうして帽子がこわいの?」と答えます。

画像 : サン・テグジュペリ『星の王子さま』

しかし、それは帽子の絵ではなく、ゾウを飲み込んで消化している大蛇ボアの絵でした。

残念に思った「僕」は、中身のゾウが見えるように描き直し、大人に見せるのですが、大人は、「なかが見えようが見えまいが、ボアの絵は置いておきなさい」と言い、それより算数や文法や地理や歴史をやりなさい、と言うのでした。

こうして「僕」は絵描きになるのを諦め、飛行機の操縦士を目指すようになります。

大人になって、色々と有能な大人とも出会ってきた「僕」ですが、誰かがほんとうにものごとのわかるひとかどうか判断する基準はいつも同じでした。

この第一号の絵を見せ、問いかけます。でも、返ってくる答えはいつも一緒。

「帽子でしょ。」

もう「僕」は大蛇ボアの話も原生林の話もせず、トランプのブリッジやゴルフや、政治やネクタイの話をし、相手は趣味が合うひとと知り合えたとご機嫌になるのでした。

以上のように、物語の冒頭では、ずっと孤独だった「僕」のことが語られ、第二章では、今から6年前の話として、王子さまと出会ったときのことが語られます。