雑学

かしこと男性

かしこと男性

一般的に、手紙を送る際には、文章を「頭語」で開始し、「結語」で締める、という形式があります。

代表的な頭語としては、「拝啓はいけい」「拝呈はいてい」「啓上けいじょう」「一筆申し上げます(主に差出人が女性の場合)」があり、結語としては、「敬具けいぐ」「敬白けいはく」「拝具はいぐ」「かしこ(主に差出人が女性の場合)」があります。

この「かしこ」という言葉は、主に、女性が使う手紙の末尾に添えられる結語で、「かしく」「あらあらかしこ」「あなかしこ」といった場合もあり、基本的にはひらがなで書かれます。

文面の最後が、「かしこ」で締められる手紙というのを、日常的に手紙を書かない人でも、ドラマや映画で見たことがある人もいるかもしれません。

もし、あえて「かしこ」を漢字にするとすれば、「賢、畏、恐」が当たります。

かしこの由来は、古語の「かしこし」で、「かしこまる」とも同根です。

現代では、「かしこい」と言うと、漢字で「賢い」と書き、「利口だ、頭がいい」といった意味になります。

しかし、古語の「かしこし」の場合は、自然に宿ると信じられた精霊の霊威に対し、「おそろしい」と感じる畏怖の念から、「恐れ多い、尊い、もったいない」といった意味となります。

たとえば、「かしこし」を使った和歌に、『万葉集』収録で笠女郎かさのいらつめが大伴家持に贈った、「伊勢の海のいそもとどろに寄する波かしこき人に恋ひわたるかも」という歌があります。

このときの「かしこき人」が、「畏怖すべきあなた、恐れ多いあなた」といった意味になります。

全体を現代語訳すれば、「伊勢の海をとどろかせて寄せてくる波のように、畏怖を抱くほど立派なあなたを恋し続けます」となるでしょう。

以上のように、古語の「かしこし」が、手紙の最後に添える「かしこ」の由来で、「恐れ多いことをお書き申し上げました」といった意味合いになります。

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かしこを手紙で使う場合、拝啓など文面の頭に書く「頭語」は、どの組み合わせでもよく、頭語なしで、かしこのみといった使い方もされます。

また、現代では、かしこを使う際は、差出人が女性の場合で、男性が送る際は、基本的にかしこという結語は使いません。

書き手が女性の場合は、文章の頭に「拝啓」、最後に「かしこ」でよいでしょう。

男性の場合は、敬具や敬白などの他、かしこまった言い方として、恐惶謹言きょうこうきんげんといった結語を添えます。

恐惶謹言 : つつしんで申し上げることの意。特に、書状などの末尾に書止めとして記して敬意を表わす文言。

出典 : 恐惶謹言|コトバンク

現代では、一般的に「かしこ」は、男性は使わない、とされていますが、この風習は、近世に入ってからのことで、昔は男性も「かしこ」を使っていたようです。

たとえば、江戸時代、幕末の志士として知られる坂本龍馬が、姉の乙女に宛てた手紙でも、末尾に「かしこ」や「穴かしこ」を用いています。

右の事ハ、まづまづ あいだがらにも すこしもいうては、見込のちがう人あるからは、をひとりニて御聞おき、かしこ。(文久3年5月17日)

おとめさまへ 此手がみ人にハ けしてけして見せられんぞよ、かしこ。(元治元年6月28日)

出典 : 宮地佐一郎『龍馬の手紙』

あなかしこ、というのも、かしこと同義で、この「あな」は、感動詞の「あな」であり、「ああ恐れ多いことよ」という意味になります(漢字で「穴賢あなかしこ」と書くのは当て字です)。

さらに古くは、戦国武将の伊達政宗も、「かしこ」を使った場合があったそうです。

その際、漢字が多い書簡は結語に「謹言」と書き、仮名の多い書簡には「かしこ」を使っていた例もあると言います。

漢字が多い書簡には「謹言」、逆に仮名の多い書簡には「かしこ」を使った伊達政宗の書簡の例もあるという。

出典 : 近世女文における「かしこ」

男性が、かしこを使うこと自体が、どれほど一般的だったかは定かではありません。

坂本龍馬が、手紙に「かしこ」を使った理由は、相手が姉であり、女性だったから、という指摘もあります。

また、伊達政宗が「かしこ」を使ったのも、仮名の多い手紙の場合だったようなので、男性が使う、と言っても使い分けはあったのでしょう。

いずれにせよ、現代社会では、手紙で男性がかしこを使うことは基本的にはないと考えてよいでしょう。

誰でも使って違和感のない、敬具や敬白などがよいと思います(参照 : 手紙の書き方|MIDORI)。

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