活字拾いとラッコの上着とは
宮沢賢治の代表作で童話の『銀河鉄道の夜』は、主人公で少年のジョバンニが、友人のカムパネルラと一緒に銀河鉄道で旅をする物語です。
この作品は、生前に推敲を重ねた末、宮沢賢治の死後に出版されることとなります。
銀河鉄道の夜の冒頭は、銀河系の仕組みに関する授業の場面で始まります。先生から、天の川についてジョバンニが質問され、ジョバンニは答えを知っていたものの、うまく答えることができません。その後、カムパネルラが指されるのですが、カムパネルラも答えませんでした。
ジョバンニは、放課後に活版所で活字拾いのアルバイトをしていたので、活版所に行き、仕事を終えると、家に帰ります。
この活字拾いという職業は、昔活版印刷が主流だった時代に、活版印刷に必要な活字を、数多くの活字から見つけて拾い出す仕事で、文選とも呼ばれ、とても地道な作業です。
文選の作業風景は、以下の動画が参考になります。
文選/市谷の杜 本と活字館 活版印刷映像アーカイブ その4
家には、病気のお母さんがいて、ジョバンニとお母さんが会話をします。父親が北方に漁に行ったきり帰ってきていない様子や友人のカムパネルラのことなどを話すのですが、会話のなかに、「ラッコの上着」という言葉が出てきます。
ジョバンニ曰く、ラッコの上着というのは、みんなが悪口としてジョバンニを冷やかす際に使う言葉です。
「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっとまもなく帰ってくると思うよ」
「ああ、あたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの」
「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁はたいへんよかったと書いてあったよ」
「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない」
「きっと出ているよ。お父さんが監獄へはいるようなそんな悪いことをしたはずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈した巨きな蟹の甲らだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ」
「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ」
「みんながぼくにあうとそれを言うよ。ひやかすように言うんだ」
「おまえに悪口を言うの」
「うん、けれどもカムパネルラなんか決して言わない。カムパネルラはみんながそんなことを言うときはきのどくそうにしているよ」
「カムパネルラのお父さんとうちのお父さんとは、ちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ」
このあと、実際に、ジョバンニが、「ラッコの上着が来るよ」と冷やかされる場面が描かれています。
ジョバンニが夜道を歩いていると、お祭りに行くザネリ一味と遭遇。「ラッコの上着が来るよ」と馬鹿にするように言い、ジョバンニは悲しく辛い気持ちになります。
一体、なぜ「ラッコの上着」というのが悪口なのでしょうか。
ラッコの上着とは、文字通り、ラッコの毛皮で作った上着を意味し、最高級品とされるも、そのためにラッコの乱獲が問題となり、絶滅の危機に瀕したことから、捕獲が禁止されます。
らっこの上着は、ラッコの毛皮で作った上着。毛皮は濃褐色で銀毛が混じった光沢のあるもので海獣のうち最高級品として珍重される。最上等の毛皮を取るため乱獲され数が激減したので今は捕獲は禁止され、保護されている。(参考:宮澤賢治語彙辞典728p)
ラッコの上着が悪口になる理由は、密猟が禁止されていることが関係していると考えられています。
この「ラッコの上着が来るよ」というのは、ジョバンニの父親が、漁に出掛け、ラッコの密猟をしている、密猟者としてラッコを捕ってくるんだろう、といった意味合いに由来したからかいであり、これは同時に、他の子供たちによる羨ましさの裏返しでもあったのかもしれません。
先ほどのジョバンニと母親の会話のなかでも、父親が次はラッコの上着を持ってくると言っていた、という話が出てきますし、また、「監獄へ入るような悪いこと」というのは、密猟で捕まって牢屋に入れられているという町の噂が立っている、ということを仄めかしています。