もののけ姫の「こだま」とは
『もののけ姫』のこだま
宮崎駿監督作品で、1997年公開のジブリアニメ『もののけ姫』は、自然と人間の関係性を、単純な二元論ではない形で描き、当時の日本映画の興行収入記録を塗り替えた大ヒット映画です。
この『もののけ姫』の主人公は、若い男のアシタカ。冒頭で、村を襲うタタリ神に矢を放ち、呪いをかけられ、右腕に赤黒い痣が残ります。
ヒロインが、もののけ姫のサンです。サンは、犬神(山犬)に育てられた人間で、自然を荒らされた恨みから、人間を憎み、自分のことを山犬だと思っているものの、アシタカと出会い、人間との狭間で揺れ動きます。
アシタカとサン、そして荒ぶる神々や、人間たちとのあいだで、必ずしも誰かが単純な悪と描かれない形で、自然と人間の関係性を描き出します。
この『もののけ姫』の作中で、森の妖精のような正体不明の白い小人たちが描かれます。
白い小人たちのキャラクターの名前は、「こだま」と言い、漢字で書くと「木霊」、樹木に宿る精霊を意味します(転じて、山彦と同様、木霊は、山の反響を指します)。
こだまは、白く小さな体に、感情が読み取れない黒い穴のような目と口がつき、まるで鳴き声のように、カラカラ、カタカタ、と首を振る仕草を見せます。
果たして、このこだまとは、どんな存在で、どのような経緯によって生み出されたキャラクターなのでしょうか。
映画『もののけ姫』の舞台となっている時代は、日本の中世、室町時代の頃で、鬱蒼と生い茂ったシシ神の森が描かれ、この森のモデルとなったのは屋久島です(屋久島には、木霊の森と呼ばれる森もあるそうです)。
日本人には、昔から森に宿る精霊の伝説や信仰があり、このこだまも、こうした古くから語り継がれる精霊などから着想を得ているのでしょう。
宮崎駿監督のインタビューを読むと、『もののけ姫』のなかで、こだまが生まれた由来や経緯が分かるので、以下、インタビューを参照しながら紹介したいと思います。
森のなかには、木がたくさんあるという以上の「何か」を感じること、ああいう精霊のような不思議な存在がいる、といった感覚は、誰もが持っているだろうと、宮崎監督は考えていました。
しかし、その不思議な気配を、どのように絵で表現できるか監督は悩みます。
その気配の具象化について悩んでいた際に、森のなかにいる色々なものが見える、という人に、その存在を絵にしてもらったら、こだまができていった、と宮崎駿監督は言います。
こだまは、善でも悪でもなく、何かの役に立つということもありません。目撃者として、ただそこに存在します。
自然と人間の関係性を描いた『もののけ姫』のなかで、自然の象徴の一つとして存在するこだま。
自然が人間の役に立つから残そう、優しくしよう、といった話ではなく、自然そのものは人間にとって役に立たなくても存在します。
要するに、「役に立つ」「役に立たない」という発想とは違う形で自然を描くキャラクターとして、こだまが描かれたそうです。
自然はある意味で役に立たないものだらけですよね。だから環境の問題というのは、人間の役に立つから残そうというんじゃなくて、役に立たないから残そうというふうに僕らの考え方を転換しないと解決しないと思うんです。
役に立つ立たないというものの考え方をどっかで捨てないと、つまり、役に立たないものも含めて、全部が自然なんだという感覚にならないとダメだと思いますね。
出典 : 宮崎駿『折り返し点 1997〜2008』
環境問題を考えるときに、人間にとって役立つから残そう、という発想からの転換を、宮崎駿監督は説きます。
人間にとって役に立つ、立たない、といった部分からは独立し、ひっそりと、ただ存在するだけのこだま。
こういう視点で、自然をもう一度見直す必要がある、ということでしょう。
物語のなかで、登場人物の一人が、こだまを見て、「こいつらがシシ神を呼ぶんだ」と恐れたり、「好きにさせておけば悪さはしない。森が豊かなしるしだ」というアシタカのセリフもあります。
こうした台詞から、『もののけ姫』の世界における、人間とこだまの関係性が垣間見えます。
人間にとってこだまは、森のなかでふっと不気味さや恐怖心が過ぎるときの気配の象徴でもあり、また、彼らがいるからこそ、豊かな森の証でもあるような存在なのでしょう。
しかし、人間の役に立つわけでもなければ、対立するわけでもない、本来の自然の立ち位置が、こだまを通して表現されています。
ところで、こだまが、カラカラ、カタカタと言って首を振る仕草や鳴き声のような音は、一体どんな意味を持っているのでしょうか。
デイダラボッチの登場に連動するようにカタカタと首を振るコダマ
このこだまの「鳴き声」に関し、ファンのあいだでは、あのときこだまは、会話をしているのではないかという「会話説」、また、呼吸をしているのではないかという「呼吸説」などがあります。
実際に、こだまがなぜ音を立てて首を振るのか、その理由についてはっきりとは分かりません。
ただ、ヒントとなるものとして、宮崎駿監督が、『もののけ姫』の音楽を担当した久石譲さんに作品のイメージを伝えるために書いた詩があります。
その詩『コダマ達』によれば、「カタカタ と笑って」「暗がりの中で 笑っている」とあります。
「コダマ達」
現れたと思ったら
カタカタカタカタ と笑って もう消えた
足元を歩いている と思ったら
もうずっとむこうの 暗がりの中で 笑っている
声をかけると はじらって いってしまう
知らんふりしていると まとわりつく
小さな子供達 森の子等
ああ お前たちのいる この森は とてもゆたかなんだね
イメージを伝えるための詩なので、誇張しているかもしれませんが、人間らしく「何かについて笑う」というより、無垢に「笑っている」ような感覚なのではないでしょうか。
このときのこだまの「カタカタ」という音は、楽器を使って鳴らしています。
スタジオジブリの公式ツイッターによれば、こだまが木の精霊ということから、「木製のカスタネット」を使ったそうです。
Q:コダマのカタカタッ…という声?は楽器の音ですか?
A:特報のときは「土鈴」を使って。作中ではコダマは木の精霊だから木製のものでいこうということになり「木製のカスタネット」を使って収録しています。— スタジオジブリ STUDIO GHIBLI (@JP_GHIBLI) August 13, 2021
ちなみに、『もののけ姫』のラストシーンに出てくる、一匹のこだまは、のちにトトロに変化する、という逸話があります。
ただ、これは公式の設定というより、宮崎監督とスタッフのあいだの冗談めかして会話のなかで、希望を持たせるためにも、こうした設定にしましょうよ、という話が出た、ということです。
で、これはもう、二木さんのたっての希望で、チビで一匹でいいから、コダマがノコノコ歩いてるやつ、最後にいれてくれって。それがトトロに変化したって(笑)。耳が生えてたっていうの、どうですかね。そうすると首尾一貫するんだけど。(宮崎駿)
出典 : スタジオジブリ『もののけ姫はこうして生まれた』
アニメーターの二木真希子さんが、最後のこだまを描いたときに、この物語はやりきれないので、希望を持たせるために、このこだまが後にトトロになったことにしませんか、と提案したそうです。
以上、ジブリアニメ作品『もののけ姫』の不思議な精霊こだまに関する紹介でした。