日本近現代文学

宮沢賢治『銀河鉄道の夜』の冒頭

宮沢賢治『銀河鉄道の夜』の冒頭

〈原文〉

「ではみなさんは、そういうふうに川だと云われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」先生は、黒板に吊るした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指しながら、みんなに問いをかけました。

概要

詩人の宮沢賢治の作品のうち、もっとも有名な代表作の一つが、少年ジョバンニが主人公の童話『銀河鉄道の夜』です。

この『銀河鉄道の夜』は、宮沢賢治の生前には出版されることはなく、推敲が繰り返されたのち、未定稿のまま賢治の死後発表された作品です。

画像 : 宮沢賢治『銀河鉄道の夜』 絵 清川あさみ

宮沢賢治が『銀河鉄道の夜』の初稿を書いたのが1924年で、晩年まで推敲が行われ、賢治の死後に出版されることとなります。

主人公のジョバンニは孤独な少年で、病気の母を看病しながら、活版印刷所でアルバイトをしています(年齢は書かれていませんが、思春期前と推定されます)。

父親は漁に行ったきり、戻ってきません。らっこを密漁し、投獄されていると噂され、そのことでジョバンニは同級生にからかわれます。

しかし、親友のカムパネルラだけは違いました。

ケンタウルス祭の夜、ジョバンニが母のための牛乳を求めて牛乳屋さんに行きますが、牛乳をもらえず、帰りに同級生のザネリたちと遭遇すると、彼らはジョバンニを馬鹿にしますが、一緒にいたカムパネルラは、気の毒そうに黙っていました。

そして、ジョバンニは、星祭に行くザネリたちとは反対のほうにある町外れの丘に一人で向かいます。

天気輪の柱の丘で、ジョバンニがひとりぼっちで星空に思いを馳せていると、突然「銀河ステーション」というアナウンスが響き、光に包まれ、気づくと銀河鉄道に乗っていて、車内にはカムパネルラもいます。

ジョバンニとカムパネルラは銀河鉄道に乗り、さまざまな人や景色と出会いながら、銀河を旅します。

それから、ふと、ジョバンニは丘の上で目覚め、牛乳をもらって川へ向かうと、カムパネルラが溺れたザネリを助け、そのあと行方不明になっている、と知ります。

以上が、『銀河鉄道の夜』のざっくりとしたあらすじです。

物語の冒頭は、学校で先生が教室のみんなに「そういうふうに川だと云われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いもの」は何か、と問いかけるシーンです。

ジョバンニは、それが星だと知っていましたが、言葉にして口に出すことができませんでした。それから先生はカムパネルラを指しますが、やはりカムパネルラも答えることができません。

そして、ジョバンニは、カムパネルラもそれが星であると知りながら、ジョバンニを気遣って答えられなかったのだとわかっていたので、悲しくて仕方がなくなります。

ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。けれどもいつかジョバンニの眼のなかにはなみだがいっぱいになりました。そうだぼくは知っていたのだ、勿論もちろんカムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。

それどこでなくカムパネルラは、その雑誌を読むと、すぐお父さんの書斎しょさいからおおきな本をもってきて、ぎんがというところをひろげ、まっ黒なページいっぱいに白い点々のある美しい写真を二人でいつまでも見たのでした。

それをカムパネルラが忘れるはずもなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。

出典 : 宮沢賢治『銀河鉄道の夜』

冒頭では、のちに銀河鉄道で一緒に旅をするカムパネルラと、二人で銀河の世界を見ていたときのことが描かれています。

このカムパネルラのモデルは、宮沢賢治の親友の保阪嘉内かないではないかと言われています。

また、銀河鉄道のモチーフになったのは、保阪嘉内が山梨に住んでいた中学時代の1910年に見たハレー彗星の話ではないか、という説もあります。

そのときの様子を描いたスケッチが残され、「銀漢ぎんかんヲ行ク彗星ハ 夜行列車の様ニテ 遥カ虚空きょくうニ消エニケリ」とあります。

保阪嘉内の少年時代のスケッチ

ハレー彗星が見えた日は、賢治の住んでいた岩手では天気が悪く、賢治自身は見えなかったのではないか、と考えられています。