伊勢〜春霞立つを見捨ててゆく雁は花なき里に住みやならへる〜意味と解釈
〈原文〉
春霞立つを見捨ててゆく雁は花なき里に住みやならへる
〈現代語訳〉
春霞が立つのを見捨てて北の国へ帰っていく雁は、花のない里に住み慣れているのであろうか(せっかく花の咲く美しい季節になったというのに)。
概要
作者の伊勢は、藤原継蔭の娘で、三十六歌仙の一人でもある平安時代の女性歌人です。生没年は不詳です。
情熱的な恋の和歌で知られ、『古今和歌集』他の勅撰和歌集に数多く収録される実力派の歌人です。
狩野探幽『三十六歌仙額』(伊勢)
この「春霞立つを見捨ててゆく雁は花なき里に住みやならへる」という和歌は、『古今和歌集』に収録された歌です。
冒頭の「春霞」とは、文字通り、春に立つ霞のことです。冬から春にかけ、遠くの景色が見えにくくなることで、霞自体には、気象用語として定義があるわけではありません。
霞とは、気象学的には明確な定義があるわけではなく、霧や靄などにより、ぼんやりと見える様を表し、また、黄砂や煙霧についても含まれています。
ちなみに、霞と朧の違いは、昼の場合に霞、夜の場合に朧という風に呼び方が変わります。
歌は、この「春霞」が立つのを見捨ててゆく雁、と続きます。「雁」とは、鳥綱カモ目カモ科に属する水鳥のうち、カモよりも大きく、ハクチョウよりも小さい鳥の総称を意味します。
雁は、秋にシベリアから日本に飛来する渡り鳥で、春になると帰っていきます。空を飛ぶときにV字のように隊列を組んで飛ぶ特徴があります。
雁の飛び方
春に帰っていくことから、春霞が立つのを見捨てて、去ってゆく雁は、と歌う伊勢。去ってゆく雁は、「花なき里に住みやならへる」、すなわち、花のない里に住み慣れているのだろう、という意味になります。
最後の「ならへる」は「ならふ」のことで、「馴染む、慣れる、なつく」などを意味します。
もう一度、全体を通して振り返ってみましょう。
この「春霞立つを見捨ててゆく雁は花なき里に住みやならへる」という和歌を現代語訳すると、「春霞の立つ様を見捨てて北の国へ帰っていく雁は、花のない里に住み慣れているのだろうか(せっかく花の咲く美しい季節になったというのに)」となります。
春の美しさを知らないままに置いていく渡り鳥に吐き捨てるような、ちょっとひねくれた、どこか寂しさもある失恋の和歌と解釈できるかもしれません。