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西洋の画家

ゴッホ『星月夜』

ゴッホ『星月夜』

フィンセント・ファン・ゴッホ『星月夜』 1889年フィンセント・ファン・ゴッホ『星月夜』 1889年

フィンセント・ファン・ゴッホとは、オランダ出身のポスト印象派の画家です。

短い生涯で知られるゴッホは、1853年に生まれ、1890年に37歳という若さで亡くなります。死因は、一般的に拳銃による自殺と考えられています。

ゴッホは、「印象派の画家」というイメージを抱かれるかもしれませんが、実際は、印象派の画家ではありません。

ゴッホがパリに降り立ったのは、最後の印象派展が開かれる(最後の第8回印象派展は、1886年5月開催)少し前の1886年早春のことで、当時彼の年齢は32歳。美術学校を退学したのち、パリで画商をしていた弟のテオを頼りに訪れます。

そのため、ゴッホは一度も印象派展に参加していません。

ただ、パリでロートレックやシニャックなど新しい若い画家たちの強い色彩の影響を受け、また日本の浮世絵に惚れ込むなど、色々と吸収しながら、次第にゴッホ独自の作風が仕上がっていきます。

そういった背景から、印象派の影響は受けているものの、印象派の画家ではなく、あくまでゴーギャンやセザンヌなどと同じ括りの「ポスト印象派」、すなわち印象派の「後」の画家で、影響は受けつつも、それぞれ独自の道を確立していった画家の一人として数えられています。

そのゴッホの代表作として知られ、また、美術史にとっても代表的な作品と言える絵が、『星月夜』です。

読み方は「ほしづきよ」で、フランス語では『La nuit étoilée』、英語では『The Starry Night』。

starryは、「星が多い、星をちりばめた、星のように光る」といった意味になります。作品のサイズは、73.7cm×92.1cmです。

この『星月夜』という日本語タイトルに関しては、誤訳ではないか、といった声もあります。

というのも、星月夜とは、月という漢字が含まれていますが、実際の意味は、「星の明るい晩。月が出ていないで、星だけが輝いている夜。星明りの夜。」です。

つまり、月がなく、星だけが輝いている夜を指します。

しかし、ゴッホの『星月夜』には、月も描かれています。

このゴッホの作品名に引っ張られて星月夜の意味を捉えると、言葉の意味を間違えてしまう可能性があるので注意が必要です。

原題に関しては、「星降る夜」といった意味の言葉なので、直訳すれば星月夜でもよく、響きとしても美しいものの、原題には、月がない夜というニュアンスはないようです。

なぜ、こういった翻訳になったのか、事情はよく分かりません。

ただ、他にゴッホが描いた夜空の作品として、『ローヌ川の星月夜』もあり、この作品は、月が出ていない、意味通りの「星月夜」なので、こちらの作品名の翻訳が先にあって、ということだったのかもしれません。

フィンセント・ファン・ゴッホ『ローヌ川の星月夜』 1888年

星月夜の光景で言えば、現代の画家で、斉藤和さんという京都の日本画家の方がいます。

とても静かで美しい風景が描かれているのですが、その作品のなかに、『星月夜』という題名の絵もあります。

この絵を見ると、星月夜が、月がなく、星が美しい夜空だということがより分かりやすく伝わるかもしれません。

話を、ゴッホの『星月夜』に戻したいと思います。

村の上空にある、狂気的とさえ言える渦巻きのような夜空に、数々の星や月が幻想的に輝き、手前には、大きな糸杉の木が描かれています。

この『星月夜』は、晩年の作品で、ゴッホの死の前年に当たる1889年6月、ゴッホがフランスのサン=レミ=ド=プロヴァンスにあるサン=ポール修道院の精神病院に入院しているときに描かれた作品です。

精神病院で療養中の1889年に描かれた、『星月夜』。これは、病室の窓からの風景だったようです。

そもそも、入院の半年ほど前の1888年末、かの有名なゴッホの耳たぶ切り落とし事件が発生します。

ゴッホは、ゴーギャンとの共同生活がうまくいかなかったことがきっかけとなり、自分の左耳の耳たぶを切り落とし、娼婦に送る、といった事件を起こします。

その後も精神的に不安定だったことから、1889年5月、精神病院に入院することになります。

この病院では、二階建ての二階の寝室だけでなく、一階も自由に使うことができたので、ゴッホは、一階をアトリエとして利用し、精力的に絵画制作に取り組みます。

作品の舞台は、部屋の東向きの窓から見える村の風景で、時間帯は日の出前。

ゴッホは、弟のテオに宛てた手紙のなかで、『星月夜』の製作背景に関し、「今朝、太陽が昇る前に私は長い間、窓から非常に大きなモーニングスター以外は何もない村里を見た」と説明しています。

病室の窓から、ゴッホが一晩中眺めていた星空と村里の風景。

ただし、この『星月夜』に描かれている風景も、実際にそのまま存在していたわけではなく、記憶がコラージュされ、中央に見える教会もフランスの教会ではなく、故郷オランダの教会のようです。

窓からの景色に加え、これまでの記憶のなかの風景や、そのときの心情なども盛り込まれながら、現実と幻想が入り混じったように描かれていった風景なのでしょうか。

また、手前に描かれる、夜空に向かって伸びている糸杉も象徴的で、天と地をつなぐ死の架け橋のような意味合いで表現したのではないか、という指摘もあります。

この頃、ゴッホは、この『星月夜』以外にも、絵のなかに多くの糸杉を描いてます。

ゴッホと糸杉ゴッホと糸杉 フィンセント・ファン・ゴッホは、1853年に生まれ、1890年に37歳で亡くなるポスト印象派の画家です。 ゴッホの...

糸杉は、ヨーロッパで死の象徴というだけでなく、樹齢が長いことから、「生命」や「豊穣」のシンボルでもあり、古代エジプトや古代ローマでは、神聖な木として崇拝されていたことでも知られています。

ゴッホが、糸杉にどんな意味合いを込めていたかは定かではありませんが、特別な想いを抱いていたことは、弟テオへの手紙からも推察されます。

もうずっと糸杉のことで頭がいっぱいだ。ひまわりの絵のように何とかものにしてみたいと思う。これまで誰も、糸杉を僕のように描いたことがないのが驚きだ。その輪郭や比率などはエジプトのオベリスクのように美しい。それに緑色のすばらしさは格別だ。

1889年6月25日、弟テオへの手紙(サン=レミにて)

いずれにせよ、この『星月夜』のなかでも、渦巻きのような夜空や月や星々に負けないほど、夜空に伸びる糸杉も存在感を発揮しています。

画像 : 現在観光名所になっている療養院の再現されたゴッホの部屋

ゴッホの入院していた精神病院は、今は閉鎖され、観光名所になっているようです。病室も、復元されているとのこと。

>>ゴッホ晩年の傑作群を生んだ古い病院を訪ねる!サン・ポール・ド・モーゾール修道院【南仏プロヴァンスを歩く第1回】

ちなみに、ゴッホの『星月夜』は、往年の画家たちが実名で登場(ゴッホは登場しない)する、2011年公開のウディ・アレン監督の映画『ミッドナイト・イン・パリ』のポスターの背景に一部使用されています。

画像 : ウディ・アレン『ミッドナイト・イン・パリ』

映画内にゴッホがなぜ出てこないのかは分かりませんが、ゴーギャンやピカソ、ダリなど、数々の芸術家が登場し、美術好きにとっては、結構面白い作品になっていると思います。

以上、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの『星月夜』の意味と解説でした。