筆触分割とは
印象派とは、19世紀後半のフランスで巻き起こった芸術運動で、当時まだ若かったモネやルノワール、シスレーなどが、印象派の代表的な画家として挙げられます。
それまでアカデミズムが提唱するような伝統的な価値観や理想にのっとった美の世界ではなく、現実をありのままに描写する「写実主義」が起こり、その後、対象を忠実に描くのではなく光や主観を大切にした「印象」を描こうという「印象派」が登場します(参照 : 印象派の画家一覧)。
印象派という言葉も、当初は、皮肉を交えた批判的な意味合いで使われたものの、文字通り、「見たままの印象を描き出す」、ということを意味します。
この呼称は、若い印象派の画家たちが、独自に開いた第一回印象派展で、批評家が、皮肉として「印象派」と称したことに由来します。
時代背景も、印象派の誕生に深く関係します。
19世紀半ばのチューブ入り絵の具の開発もあり、写実主義以降、屋外で絵画を制作することが増え、印象派の画家たちも、屋外制作を中心に活動します。
印象派以前も、屋外で絵を描くことはあったものの、それはあくまでスケッチなど下絵や水彩で、油彩画の完成はアトリエで行っていました。
しかし、持ち運びや保存に適した、チューブ入り絵の具の浸透から、屋外でも描けるようになります。
そして、外で描くことによって画家たちが向き合うことになったのが、明るい「光」です。
この外の光の印象を的確に捉えようと、印象派の画家たちが取り組んだ絵画技法が「筆触分割(色彩分割)」です。
以下、簡単に、筆触分割の解説をしたいと思います。
筆触分割とは、「太陽の光を構成するプリズムの7色を基本とし、しかもそれらをおたがいに“混ぜない”で使用する(高階秀爾『近代絵画史〈上〉』)」技法を指します。
混ぜない、というのがポイントです。
絵の具を混ぜないで、併置する、というのが、筆触分割です。
戸外制作を通じて、モネをはじめとする印象派の画家たちが実感したことは、自然は明るく光に満ちているという事実でした。印象派の画家たちは、戸外で見たこの実感を描こうとさまざまな技法を模索するのです。
そのひとつが、「絵の具を混ぜない」という描き方でした。それまでの画家たちは、絵の具を混ぜて実物に近い色を作り出していました。
しかし、絵の具の色は混ぜると濁り、暗くなります。そこで、絵の具を混ぜずに細かな色面として併置する「筆触分割」の技法を用いることで、光に満ちた自然の明るさを表現したのです。
戸外で描くようになり、外の光の明るさに改めて気づいた画家たちは、この光を実感のままに描き出すために、「絵の具を混ぜない」という方法に至ります。
絵の具の色は、混ぜれば混ぜるほど黒に近づき、明るさが失われていきます。
しかし、戸外で描き、自然の光を的確に捉えたかった印象派の画家たちは、混ぜると暗くなる絵の具を、「混ぜない」ことで明るさを表現しようと考えます。
絵の具を混ぜないとすれば、一体どのようにして中間色を表現したのでしょうか。
彼らは、混ぜ合わせる色を、小さなタッチ、すなわち「筆触」で並置する、という手法を採用します。
たとえば、紫を表現したい場合、パレットで赤と青を混ぜると、明るさが失われてしまうので、赤と青のタッチを、原色のまま短い筆さばきで並べて置く、といった風にして光を表現します。
結果、双方の色が一緒に眼に入り、明るさを保ったまま、視覚的には混ざり合って色が感知されます。
これは、人間の目は、並んでいる両方の色が混ざり合って認識する、という錯覚を利用した技法です。
パレットで混ぜるのではなく、網膜の上で混ざり合うように認識する効果を利用します。
後にフェネオンやシニャックのような印象派の理論家たちが強調するように、混合はパレットの上ではなくて網膜の上で行われるのである。
自然を基本的な色に分解し、そのひとつひとつの要素をばらばらに並置して、全体としてまとまった効果をあげるというこの方法が、「筆触分割」にほかならない。
出典 : 高階秀爾『近代絵画史 上』
混合は、「パレットの上ではなくて網膜の上で行われる」、この網膜のなかで色と色とが結びつく効果を、「視覚混合」と呼びます。
視覚混合という効果が、筆触分割という手法の根底にあり、印象派の画家たちによって応用されたのです。
視覚混合
となりあわせに置かれた二つ以上の色彩が、遠くから見ると混じり合ってひとつの色に見える光学現象。色彩の鮮やかさを重視したクロード・モネをはじめとする印象主義の画家たちによって、絵画に応用された。
カンヴァス上に並置した鮮やかな色と色が、「眼のなかで溶けあう」ことで生まれる色は、パレット上で絵の具同士を混ぜ合わせてできる色より輝いて見える。
ここから、例えば灰色を塗りたいときでも鮮やかな黄緑と赤紫の小さな筆触を並置するという「筆触分割」の方法が生まれ、これはさらに、新印象主義の点描あるいは「分割主義」へとつながってゆく。
実際に、印象派を代表するモネやルノワールの作品を見ると、筆触分割を使いこなしていることが分かります。
オーギュスト・ルノワール『ラ・グルヌイエール』 1869年
ルノワールの『ラ・グルヌイエール』という作品は、最初の印象派展が行われる前に描かれ、筆触分割を用いた初期の作品です。
絵の舞台となっている、ラ・グルヌイエールは、セーヌ川の河畔にある、当時新しくできたパリ近郊の行楽地の一つで、週末や夏になると、多くの男女が行楽に訪れました。
ルノワールは、モネとこの地で戸外制作を行い、その水面に揺れる光をどう描くか、熱中します。
クロード・モネ『エプト川のポプラ並木』 1891年
モネの『エプト川のポプラ並木』は、印象派の画家として高い評価を受けるようになったあとの連作の一つです。
この作品を見ても、その戸外の揺れるような明るい光を筆触分割によって描き出しています。
網膜で混ざる、という効果ゆえ、彼らの作品は、少し離れて見ることで、より美しさが引き立つと言われています。
また、印象派の画家たちの筆触分割(色彩分割)による作風や理論を、後の新世代として科学的に突き詰めたスタイルが、スーラやシニャックが牽引した「点描画(点描主義)」(点描画の創始者はスーラ)です。
点描画とは、絵の具を重ね塗りすることなく、小さな斑点を並べ置きしていく技法で、彼らのスタイルは、「新印象主義」と称されます。
新印象主義とは、点描法も含め、印象派の影響を受け、スーラとシニャックが19世紀末に起こした絵画運動です。
19世紀末にフランスのスーラ、シニャックが起こした絵画運動。印象主義の色彩理論をさらに科学的に追求することによって色彩の純度の高い、輝きに満ちた画面を作り出そうとする(点描主義)。同時に、印象主義の非形態性を否定し、画面の造形的秩序の重要性を主張した。
新印象主義は、筆触分割の理論を科学的に突き詰め、より厳密に行なったこと(点描画)、加えて造形的秩序も重視した作風が特徴となっています。
ジョルジュ・スーラ『グランド・ジャット島の日曜日の午後』 1884 – 1886年
ポール・シニャック『クリシーのガスタンク』 1886年
スーラやシニャックの絵は、印象派の筆触分割を採用しつつ、さらに推し進めた点描法で描かれています。
この点描主義は、原理的な面から、「分割主義」と呼ばれる場合もあります。
スーラは、印象派の代表的な画家の一人であるピサロと出会い、1886年に開かれた、最後となる第8回印象派展に、シニャックとともに出品しています。
以上、印象派の特徴的な技法である、筆触分割の意味と解説でした。