うたかたの意味
古語としても有名な、美しい日本語に「うたかた」という言葉があります。
ほとんど日常で目にする機会のない言葉ですが、古典などで一度は読んだことのある表現なのではないでしょうか。
うたかたは、漢字で書くと、「泡沫」と書きます。
この「泡沫」という字は、「うたかた」という読み方をする場合もあれば、音読みで、「ほうまつ」と読むこともあり、泡沫のほうは、現代でもときおり触れる機会もある言葉でしょう。
この「うたかた」とは、「水面に浮かぶ泡」のことを意味し、「泡沫の夢」や「泡沫の恋」など、儚いものの喩えや、ほんの少しのあいだ、といった意味でも使われます。
夢というのも、恋というのも、幻想的で、儚く消え去ってしまう側面もあり、その儚さが、水面に浮かぶ泡のようだ、ということから、「うたかた」という表現とよく馴染むのでしょう。
漢字で書いた際の「泡」も「沫」も、どちらも「あわ」と読み、そのまま、文字通り、「あわ」のことを意味します。
うたかたという響きで、真っ先に思い浮かぶのは、鎌倉時代に書かれた鴨長明の随筆『方丈記』の冒頭部分の「よどみに浮かぶうたかた」ではないでしょうか。
ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。
出典 : 鴨長明『方丈記』
よどみとは、水が流れずにたまっているところを意味します。
このよどみに浮かぶ泡も、消えたり、形ができたりと、長いあいだそのままとどまっていることはなく、世のなかに生きる人も住む場所も、同じように儚い、という無常観を描写した文章です。
うたかたという言葉の用例として、『方丈記』の「よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまりたるためしなし」は、とても印象深い一節です。
また、「少しのあいだ」という時間的な意味で使う場合には、たとえば、『源氏物語』に出てくる和歌があります。
ながめする軒のしづくに袖ぬれてうたかた人を偲ばざらめや(現代語訳 : 長雨が降る軒の雫とともに、もの思いに沈む私は、袖を濡らしながら、少しのあいだでもあなたを思い出さずにはおられましょうか。)
その他、最近でも、若者に人気のロックバンドRADWIMPSと、俳優の菅田将暉さんがコラボレーションした曲『うたかた歌』が発表されるなど、「うたかた」は今でも表現の世界では割と使われる言葉と言えるかもしれません。
ちなみに、泡沫は、読み方でも捉え方が多少変わり、「うたかた」と読むと、どこか古く、文学的で美しい表現のように思えますが、「ほうまつ」と読むと、もう少し現実的で、問題にならないような些細なもの、といったニュアンスが強くなるように思います。
それは、たとえば、選挙の際に当選する見込みが極めて少ない候補者を「泡沫候補」と呼んでいることなども影響しているのかもしれません。
表現の場では、「うたかた」というほうが、その儚さや美しさが際立って響くのではないでしょうか。
九十年のながい間にわしのして来たさまざまのことがほんに夢のような気がする。花鳥風月の遊びも、雪の野路の巡礼も、恋のなやみやうれしさも、みんな遠くにうたかたのように消えてしまった。
出典 : 倉田百三『出家とその弟子』
以上、古い日本の美しい言葉、「うたかた」の意味でした。