日本古典文学

百人一首の現代語訳一覧と意味

百人一首の現代語訳一覧と意味

百人一首とは

百人一首 かるた百人一首とは、一般的に『小倉百人一首』と呼ばれ、飛鳥時代から鎌倉時代までの百人の歌人の和歌を、藤原定家ふじわらのさだいえという鎌倉時代の歌人が、一人につき一首ずつ選んでまとめたものです。

鎌倉時代初期、公家で優れた歌人でもあった藤原定家は、京都小倉山の山荘で百人一首を編纂します。

この場所の名前に由来し、『小倉百人一首』と呼ばれるようになります。

百人一首が成立した正確な年代は不明ですが、13世紀前半だと推定されています。

成立当初、『小倉百人一首』に一定の呼び名はなく、「小倉山荘色紙和歌」「嵯峨山荘色紙和歌」「小倉色紙」などと呼ばれ、その後、小倉百人一首という呼び名が定着します。

もともと、親戚の宇都宮頼綱うつのみやよりつなから、嵯峨中院の山荘の障子に貼る「色紙和歌」の執筆を依頼され、定家が各人一首の和歌を選んで書いたことから、この色紙和歌が、百人一首の起源と考えられています。

また、百人一首とほぼ同じ構成で、藤原定家の秀歌撰として『百人秀歌ひゃくにんしゅうか』もあります。

百人一首と百人秀歌は、内容はほぼ一緒で、97首の歌が一致していますが、多少選ばれた歌人や配列に違いが見られます。

どちらが先に作られ、元になっているかという点については、両方の説があり、現在も定まっていません。

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百人一首は、その後、かるたとしても普及し、広く庶民に浸透していきます。

お正月の風物詩や、学校の行事などで、百人一首のかるたで遊んだという人も少なくないのではないでしょうか。

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もともと「貝合わせ」というハマグリの殻を使った遊びが平安時代にあり、その後、宮廷の人々のあいだで、貝に歌や絵を描いて遊ぶ「歌貝」が生まれます。

歌貝とは、ハマグリの貝殻の両片に、一首の和歌の上の句と下の句を分けて書き、かるたのようにして取り合う遊びです。

百人一首かるたの起源として、日本に古くからあるこの「貝合わせ」や「歌貝」に加え、戦国時代にスペインやポルトガルなどヨーロッパ文化が流入し、伝わったカードゲーム(carta : ポルトガル語で、四角い紙でできたものを意味する)も挙げられ、両者が融合して、いわゆる百人一首のかるたに繋がっていきます(参照 : 百人一首や花札など、かるたってどうやってできたの?)。

かるた取りが広がったのは江戸時代の頃、百人一首の歌かるたも、江戸時代から明治にかけ、庶民のあいだで広がり、浸透していきます。

以下、小倉百人一首の和歌より、原文や現代語訳、用語の意味や簡単な解説の一覧(前半の五十首)を紹介したいと思います。

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原文一覧のあとに、現代語訳や意味の解説を掲載しています。

現代語訳は、歌の雰囲気が分かりやすいように、多少意訳となっています。頭の数字が和歌番号で、その後が、作者名と、生没年です。

1.秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ (天智天皇)
2.春すぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山 (持統天皇)
3.あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む (柿本人麻呂)
4.田子の浦に うち出でて見れば 白妙の 富士の高嶺に 雪はふりつつ (山部赤人)
5.奥山に もみぢ踏み分け 鳴く鹿の 声聞く時ぞ 秋は悲しき (猿丸大夫)
6.かささぎの 渡せる橋に おく霜の 白きを見れば 夜ぞふけにける (中納言家持)
7.天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも (安倍仲麿)
8.わが庵は 都のたつみ しかぞすむ 世をうぢ山と 人はいふなり (喜撰法師)
9.花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに (小野小町)
10.これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも あふ坂の関 (蟬丸)
11.わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ あまのつり舟 (参議篁)
12.天つ風 雲のかよひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ (僧正遍昭)
13.つくばねの 峰より落つる みなの川 こひぞつもりて 淵となりぬる (陽成院)
14.陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし われならなくに (河原左大臣)
15.君がため 春の野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪はふりつつ (光孝天皇)
16.立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む (中納言行平)
17.ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは (在原業平朝臣)
18.住の江の 岸による波 よるさへや 夢の通ひ路 人めよくらむ (藤原敏行朝臣)
19.難波潟 みじかき葦の ふしの間も あはでこの世を 過ぐしてよとや (伊勢)
20.わびぬれば 今はた同じ 難波なる みをつくしても あはむとぞ思ふ (元良親王)
21.今こむと 言ひしばかりに 長月の 有明の月を 待ちいでつるかな (素性法師)
22.吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらむ (文屋康秀)
23.月みれば 千々に物こそ 悲しけれ 我が身ひとつの 秋にはあらねど (大江千里)
24.このたびは ぬさもとりあへず 手向山 紅葉のにしき 神のまにまに (菅家)
25.名にしおはば 逢坂山の さねかづら 人に知られで くるよしもがな (三条右大臣)
26.小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば 今ひとたびの みゆき待たなむ (貞信公)
27.みかの原 わきて流るる いづみ川 いつみきとてか 恋しかるらむ (中納言兼輔)
28.山里は 冬ぞさびしさ まさりける 人めも草も かれぬと思へば (源宗于朝臣)
29.心あてに 折らばや折らむ 初霜の おきまどはせる 白菊の花 (凡河内躬恒)
30.ありあけの つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし (壬生忠岑)
31.朝ぼらけ ありあけの月と 見るまでに 吉野の里に 降れる白雪 (坂上是則)
32.山川に 風のかけたる しがらみは 流れもあへぬ 紅葉なりけり (春道列樹)
33.ひさかたの 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ (紀友則)
34.誰をかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに (藤原興風)
35.人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香に匂ひける (紀貫之)
36.夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月やどるらむ (清原深養父)
37.白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける (文屋朝康)
38.忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人のいのちの 惜しくもあるかな (右近)
39.浅茅生の 小野の篠原 しのぶれど あまりてなどか 人の恋しき (参議等)
40.しのぶれど 色に出でにけり わが恋は 物や思ふと 人の問ふまで (平兼盛)
41.恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひ初めしか (壬生忠見)
42.契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波越さじとは (清原元輔)
43.あひ見ての のちの心に くらぶれば 昔は物を 思はざりけり (権中納言敦忠)
44.あふことの たえてしなくは なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし (中納言朝忠)
45.あはれとも いふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな (謙徳公)
46.由良のとを 渡る舟人 かぢを絶え ゆくへも知らぬ 恋の道かな (曾禰好忠)
47.八重むぐら しげれる宿の さびしきに 人こそ見えね 秋は来にけり (恵慶法師)
48.風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ くだけて物を 思ふころかな (源重之)
49.みかきもり 衛士のたく火の 夜は燃え 昼は消えつつ 物をこそ思へ (大中臣能宣)
50.君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな (藤原義孝)
51.かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな もゆる思ひを (藤原実方朝臣)
52.明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なほうらめしき 朝ぼらけかな (藤原道信朝臣)
53.嘆きつつ ひとり寝る夜の 明くるまは いかに久しき ものとかは知る (右大将道綱母)
54.忘れじの 行く末までは かたければ 今日をかぎりの 命ともがな (儀同三司母)
55.滝の音は 絶えて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞こえけれ (大納言公任)
56.あらざらむ この世のほかの 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな (和泉式部)
57.めぐりあひて 見しやそれとも 分かぬまに 雲がくれにし 夜半の月かな (紫式部)
58.ありま山 ゐなの笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする (大弐三位)
59.やすらはで 寝なましものを さ夜更けて かたぶくまでの 月を見しかな (赤染衛門)
60.大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみも見ず 天の橋立 (小式部内侍)
61.いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな (伊勢大輔)
62.夜をこめて 鳥のそらねは はかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ (清少納言)
63.今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで 言ふよしもがな (左京大夫道雅)
64.朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに あらはれわたる 瀬々の網代木 (権中納言定頼)
65.恨みわび ほさぬ袖だに あるものを 恋にくちなむ 名こそ惜しけれ (相模)
66.もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし (前大僧正行尊)
67.春の夜の 夢ばかりなる 手枕に かひなく立たむ 名こそ惜しけれ (周防内侍)
68.心にも あらでうき世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな (三条院)
69.あらし吹く み室の山の もみぢ葉は 竜田の川の 錦なりけり (能因法師)
70.さびしさに 宿をたち出でて ながむれば いづこも同じ 秋の夕暮れ (良暹法師)
71.夕されば 門田の稲葉 おとづれて 葦のまろやに 秋風ぞ吹く (大納言経信)
72.音にきく たかしの浜の あだ波は かけじや袖の ぬれもこそすれ (祐子内親王家紀伊)
73.高砂の をのへの桜 咲きにけり 外山のかすみ 立たずもあらなむ (前中納言匡房)
74.憂かりける 人を初瀬の 山おろしよ はげしかれとは 祈らぬものを (源俊頼朝臣)
75.契りおきし させもが露を いのちにて あはれ今年の 秋もいぬめり (藤原基俊)
76.わたの原 こぎ出でてみれば 久方の 雲ゐにまがふ 冲つ白波 (法性寺入道前関白太政大臣)
77.瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ (崇徳院)
78.淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に 幾夜ねざめぬ 須磨の関守 (源兼昌)
79.秋風に たなびく雲の たえ間より もれ出づる月の かげのさやけさ (左京大夫顕輔)
80.長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れてけさは 物をこそ思へ (待賢門院堀河)
81.ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただありあけの 月ぞ残れる (後徳大寺左大臣)
82.思ひわび さてもいのちは あるものを 憂きにたへぬは 涙なりけり (道因法師)
83.世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる (皇太后宮大夫俊成)
84.ながらへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき (藤原清輔朝臣)
85.夜もすがら 物思ふころは 明けやらで 閨のひまさへ つれなかりけり (俊恵法師)
86.嘆けとて 月やは物を 思はする かこち顔なる わが涙かな (西行法師)
87.村雨の 露もまだひぬ まきの葉に 霧立ちのぼる 秋の夕暮れ (寂蓮法師)
88.難波江の 葦のかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや 恋ひわたるべき (皇嘉門院別当)
89.玉のをよ たえなばたえね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする (式子内親王)
90.見せばやな 雄島のあまの 袖だにも 濡れにぞ濡れし 色は変はらず (殷富門院大輔)
91.きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣かたしき ひとりかも寝む (後京極摂政前太政大臣)
92.わが袖は 潮干に見えぬ 沖の石の 人こそ知らね 乾くまもなし (二条院讃岐)
93.世の中は つねにもがもな 渚こぐ あまの小舟の 綱手かなしも (鎌倉右大臣)
94.み吉野の 山の秋風 さ夜ふけて ふるさと寒く 衣うつなり (参議雅経)
95.おほけなく うき世の民に おほふかな わが立つ杣に すみぞめの袖 (前大僧正慈円)
96.花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり (入道前太政大臣)
97.こぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くやもしほの 身もこがれつつ (権中納言定家)
98.風そよぐ ならの小川の 夕暮れは みそぎぞ夏の しるしなりける (従二位家隆)
99.人もをし 人も恨めし あぢきなく 世を思ふゆゑに 物思ふ身は (後鳥羽院)
100.百敷や ふるき軒端の しのぶにも なほあまりある 昔なりけり (順徳院)

百人一首の現代語訳

001 天智てんじ天皇 626〜671

〈原文〉

秋の田のかりほのいほとまをあらみわが衣手ころもでつゆにぬれつつ

〈現代語訳〉

秋の田のそばにある粗末な仮小屋は、苫葺き屋根の目が粗いので、私の着物の袖は、隙間から漏れる冷たい夜露で濡らしてしまっているよ。

用語の意味
かりほ : 田を見守るための粗末な小屋  : すげちがやなどで編んだ、こものようなもの。小屋や舟を覆って雨露をしのぐのに用いる 衣手 : 衣服の袖、転じて着物全体の意もある

百人一首の冒頭は、飛鳥時代の天皇である天智天皇の歌。収穫物を鳥獣から守るために、秋の田のそばの仮小屋に泊まり、その屋根の目が粗く、漏れる夜露で着物の袖が濡れている様子を描いた貧しい農民の苦労の歌です。

この歌は、正確には天智天皇の作品ではないと考えられ、『万葉集』の作者不明の歌が元歌となり、改変されて伝わり、天智天皇が農民を思いやって詠じた歌とされるようになります。

 

002 持統じとう天皇 645〜702

〈原文〉

春過ぎて夏にけらし白妙しろたへの衣干すてふあま香具山かぐやま

〈現代語訳〉

春が過ぎ去り、いつのまにか夏が来てしまったようだ。 香具山には、あんなにたくさんの真っ白な着物が干されているのだから。

用語の意味
けらし : けるらしの略、〜らしい、〜たようだ 白妙の 衣に掛かる言葉、楮や麻で織った白い衣のこと ほすてふ : 干すという 天の香具山 : 奈良県の山、大和三山の一つ

春が過ぎ、夏になると香具山で干されるという白い衣。その衣を眺めながら、ああ、夏が来たようだ、と思う、持統天皇が詠んだとされる歌です。奈良にある香具山には、天から降ってきたという伝説があり、神聖視されていることから、「天の」とつきます。

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003 柿本人麻呂かきのもとのひとまろ 生没年不詳(飛鳥・奈良時代)

〈原文〉

あしびきの山鳥やまどりの尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む

〈現代語訳〉

夜になると雄と雌が谷を隔てて別々に寝る山鳥の長く垂れ下がった尾のように、こんなにも長い長い夜を、私もまた、ひとり寂しく寝るのだろうか。

用語の意味
あしびき : 山鳥へ掛かる枕詞、古代には「あしひきの」だったが、後に「あしびきの」と濁らせるようになる 山鳥 : キジ科の鳥、独り寝を象徴する鳥として恋の歌によく詠まれた鳥 しだり尾 : 長く垂れ下がった尾羽

生没年不詳の万葉歌人である柿本人麻呂作とされる和歌で、夜になると、一羽一羽が谷を隔てて眠る山鳥のように、寂しく一人で眠ること。またその夜が、山鳥の尾っぽのように長い「秋の夜長」を詠んだ歌です。

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004 山部赤人やまべのあかひと 生没年不詳(飛鳥・奈良時代)

〈原文〉

田子たごの浦にうちでてみれば白妙しろたへの富士の高嶺たかねに雪は降りつつ

〈現代語訳〉

田子の浦の海岸に出てみると、雪をかぶった真っ白な富士の高嶺に雪が降っているよ。

用語の意味
田子の浦 : 静岡の蒲原の吹上の浜あたり 白妙の : 富士に掛かる枕詞 うち出でて : 視界の遮られた場所から、ひらけた場所に出て 降りつつ : 反復、継続を意味し、降り続けている、という様子を表す

作者の山部赤人は生没年不詳の奈良時代の歌人です。自然を詠んだ歌に優れ、歌聖と称されています。田子の浦というのは、現在の静岡県東部にある浜で、その浜から見える白い布のような雪をかぶった富士山の情景が描かれています。

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005 猿丸大夫さるまるだゆう 生没年不詳(飛鳥・奈良時代)

〈原文〉

奥山おくやま紅葉もみぢ踏み分け鳴く鹿しかの声聞くときぞ秋は悲しき

〈現代語訳〉

人里離れた奥深い山のなかで、地面に散り敷かれた紅葉を踏み分け、恋しい相手を求めて鳴く鹿の声を聞くとき、秋はなんとも物悲しく感じるものだ。

用語の意味
奥山 : 人里離れた山の奥 紅葉踏み分け ; 踏み分けている主語が、作者なのか鹿なのかは解釈が分かれる

歌の作者は、『古今和歌集』では、よみ人知らずだったものの、その後、猿丸大夫作とされるようになる、秋の悲しみを詠んだ歌です。秋は鹿にとって求愛の季節で、晩秋には、雄鹿が、雌鹿を求めて切なく鳴くとされ、人里離れた山奥で、敷き詰められた紅葉を踏み分け、鹿が鳴いているという哀愁の漂う光景が描かれています。猿丸大夫は、実在したかどうかも不明で、伝説上の歌人と考えられています。

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006 中納言家持ちゅうなごんやかもち 718頃〜785

〈原文〉

かささぎの渡せる橋に置くしもしろきを見ればけにける

〈現代語訳〉

カササギが架け渡したという天の川の橋に散らばる、霜のように白く冴え冴えした星々を見ていると、夜もずいぶん更けたなぁと感じる。

用語の意味
鵲の渡せる橋 : 織姫と彦星が七夕の日に逢えるように、たくさんの鵲が翼を連ねて天の川に橋を作ったという伝説に由来 置く霜の白き : 霜は、散らばる星々を喩えたもの、霜が地上に降りることを、霜が置く、と表現する

作者は、奈良時代の公卿、歌人の大伴家持おおとものやかもちです。大納言、大伴旅人の子で、三十六歌仙の一人です。「かささぎの渡せる橋」とは、天の川のことです。夜空を見上げ、天の川に散らばっている霜のように冴え冴えとした星を見ていると、夜がすっかり更けたんだなぁ、と感じられる情景や心境を詠んだ歌です。

 

007 阿倍仲麿あべのなかまろ 701〜770

〈原文〉

あまはらふりさけ見れば春日かすがなる三笠みかさの山にでし月かも

〈現代語訳〉

大空を振り仰いで見ると、美しい月が見える、あの月は故郷の春日の三笠の山に出ていた月と同じ月だろうか。

用語の意味
天の原 : 大空 ふりさけ見れば : 漢字で書くと「振り放け」、振り放見るとは、振り仰いで遠くを眺めること

作者の阿倍仲麻呂は、奈良時代の遣唐使です。唐では官人として玄宗げんそう皇帝に仕えます。帰国の際、船が難破し、唐に戻り、結局最後まで日本に帰国することなく当地で生涯を終えます。この歌は、帰国する前に、仲麻呂のために海辺で宴が催され、夜空に浮かぶ美しい月を見ながら詠んだとされます。故郷の月を懐かしく思いながら、詠んだ歌なのかもしれません。ただ、帰国が叶わなかった仲麻呂の歌がなぜ伝わったのかは不明で、一説には、平安時代に別の誰かが詠んだ歌が、仲麻呂作として伝わったという話もあります。小倉百人一首では、「阿倍仲麿」と表記されます。

 

008 喜撰法師きせんほうし 生没年不詳(平安時代前期)

〈原文〉

わがいほみやこ辰巳たつみしかぞすむ世をうぢやまと人はいふなり

〈現代語訳〉

私の庵は都の東南にあり、このように心静かに住んでいる。それなのに、世間の人たちは、私が世を憂きものと思って宇治の山に住んでいると言っているそうだ。

用語の意味
辰巳 : 東南、宇治は京の都の東南にある しか : このように うぢ山 :「憂じ」と「宇治」の掛詞 

作者の喜撰は、生没年不詳の平安時代初期の歌人で、六歌仙の一人です。法師とは、僧の総称です。もともと現在の京都である山城国に生まれ、出家したあとに、醍醐山だいごさん、のち宇治山に隠れ、仙人となり、雲に乗って姿を消したと伝えられています。確かな伝記が残っていないことから、伝説的な歌人となっています。ただし、『古今集』の仮名序で、宇治山の僧喜撰とあり、9世紀中頃に生き、宇治山に隠棲していたことは確かだと考えられています。百人一首のこの和歌も、宇治山に隠棲していることについて、世間はあれこれと言っているようだ、という浮世離れした雰囲気が伝わってきます。宇治山は、この歌の影響で、喜撰山と呼ばれるようになります。

 

009 小野小町 生没年不詳(平安時代前期)

〈原文〉

はないろはうつりにけりないたづらに我身わがみ世にふるながめせし

〈現代語訳〉

美しかった花の色もすっかり色褪せてしまったなぁ、むなしく、降り続く長雨をぼんやりと眺めて物思いにふけっているうちに(私もまたこの世で年をとってしまった)。

用語の意味
花の色 : 様々な春の花の色、桜と解釈されることも多い うつりにけりな : 「うつる」は、花の色のことなので、色褪せる、衰えるといった意味、「な」は、感動の助動詞 いたづらに : むなしく、むだに ふる : 雨が「降る」と「古る(年月が経つ、年をとる)」の掛詞 ながめ :「長雨」と「眺め」の掛詞、眺めとは、ぼんやりと物思いにふけって眺めている状態

作者の小野小町おののこまちは、六歌仙、三十六歌仙の一人で、生没年不詳(平安時代前期と考えられる)の女流歌人です。絶世の美女として言い伝えられ、出身については、現在の秋田県湯沢市小野という説がありますが、その他にも諸説あり、詳しいことは分かっていません。この歌は、長雨のために花の美しさにじゅうぶん浸れなかったという想いと同時に、ぼんやりと嘆きながら過ごしているうちに、美しかった自分の姿も年老いてしまった、という後悔の念や無常観が歌われています。

解説を読む

 

010 蝉丸せみまる 生没年不詳(平安時代前期)

〈原文〉

これやこのくもかへるもわかれてはるもらぬも逢坂あふさかせき

〈現代語訳〉

これだよ、これが、あの有名な、東国へ旅立っていく人も都へ帰る人も、ここで別れては、知っている人も知らない人も、またここで出会うという逢坂の関だよ。

用語の意味
これやこの :「や」は詠嘆の間投助詞、「この」は、あの有名な、という意味 逢坂の関 : 奈良時代に置かれた関所で、山城国(京都)と近江国(滋賀)との境に位置

作者の蝉丸は、生没年不詳で、平安時代前期の歌人です。盲目の琵琶の名手として様々な説話も残っていますが、詳細は分かっていません。蝉丸という名前は、蝉歌(蝉のような声を発する歌)の名手だったことに由来するという話もあります。また、蝉丸が僧であったかどうかも不明ですが、百人一首かるたでは、頭巾をかぶった僧の姿で描かれることも少なくありません。この和歌の出典となっている『後撰集』の詞書には、「逢ふ坂の関に庵室をつくりて住み侍りけるに、行き交ふ人を見て」とあり、逢坂の関のほとりに隠棲していたことが読み取れます。逢坂の関は、旅人たちが行き交う交通の要所で、この出会いと別れの場所を、俗世を眺める傍観者の位置から、無常観も込めて詠んだ歌と考えられます。蝉丸は、のちに神格化され、音楽や芸能の神さまとして祀られた神社もあります。

 

011 参議さんぎたかむら 802〜852

〈原文〉

わたのはら八十島やそしまかけてでぬとひとにはげよ海人あまぶね

〈現代語訳〉

大海原の多くの島々を目指して漕ぎ出していったと、都に残してきた人に告げてくれないか、漁師の釣り船よ。

用語の意味
わたのはら : 大海原 八十島 :「八十」は「多くの」という意味 かけて : 目指して  : 京都にいる人(家族や知人)

作者の参議篁は、本名を小野篁おののたかむらと言い、平安時代前期の漢詩人、歌人です。遣隋使として有名な小野妹子おののいもこの子孫です。838年に遣唐副使となった際、出発に関するトラブルによる抗議のために篁は乗船を拒否、『西道謡さいどうよう』という風刺の詩をつくって批判します。詩の中身は散逸し、残っていませんが、この行為が嵯峨天皇の逆鱗に触れ、位階を剥奪、隠岐島に流されることになります。百人一首に選ばれているこの歌は、隠岐島に流されるときの船出の際に詠んだ歌です。『古今和歌集』では、詞書に、「隠岐国に流されけるときに、舟に乗りて出で立つとて、京なる人のもとにつかはしける」とあり、これは現代語訳すれば、「隠岐に流されたときに、舟に乗って出立する際、京にいる人のもとに送った」歌という意味です。流刑にあった篁は、二年ほどで赦免され、帰京し、活躍します。

 

012 僧正遍昭そうじょうへんじょう 816〜890

〈原文〉

あまかぜくもかよきとぢよ乙女をとめ姿すがたしばしとどめむ

〈現代語訳〉

空を吹く風よ、雲のなかにあるという天に通じる道を吹いて閉ざしておくれ、天に帰っていく乙女たちの姿を、もうしばらくここに留めておきたいのだよ。

用語の意味
天つ風 : 空を吹く風 雲の通ひ路 : 雲の切れ間から天上に通じる道 乙女 : 五節の舞姫のこと

 

013 陽成院ようぜいいん 869〜949

〈原文〉

筑波嶺つくばねみねよりつるみなのがはこひもりてふちとなりぬる

〈現代語訳〉

筑波山の峰から流れ落ちる水無川みなのがわの水が、積もり積もってやがては深い淵をつくるように、あなたへの恋心も積もり、今では淵のように深い想いとなった。

筑波嶺 : 筑波山のこと  : 頂上、ひときわ高くなった所 みなの川 : 水無川、男女川とも書く、筑波山から桜川に注ぐ河川  : 水の深いところ、川などのよどんだ所

 

014 河原左大臣かわらのさだいじん 822〜895

〈原文〉

陸奥みちのくのしのぶもぢずりたれゆゑにみだれそめにしわれならなくに

〈現代語訳〉

奥州のしのぶ摺りの乱れ模様のように、いったい誰のために私の心も思い乱れ始めているのでしょう、私のせいではないのに(きっとあなたのせいですよ)。

用語の意味
陸奥 : 今の青森、岩手、宮城、福島と秋田の一部 しのぶもぢずり : シノブの茎や葉の色素を布にすりつけて表したねじれたような模様。また、そのすり模様の衣服。かつて陸奥国が産地だったと言われる 乱れそめにし :「そめ」は、「初め」と「染め」の掛詞で、「乱れ」とともに、「しのぶもぢずり」の縁語 我ならなくに : 私のせいではないのに、暗に「あなたのせいよ」と匂わせている

 

015 光孝こうこう天皇 830〜887

〈原文〉

きみがためはるでて若菜わかなむわが衣手ころもでゆきりつつ

〈現代語訳〉

あなたのために春の野に出て若菜を摘んでいる、私の袖にちらちらと雪が降りかかっていることよ。

用語の意味
若菜 : 早春に萌え出る若草の総称、春の七草が有名 衣手 : 着物の袖 

 

016 中納言行平ちゅうなごんゆきひら 818〜893

〈原文〉

わかれいなばのやまみねふるまつとしかばいま帰り来む

〈現代語訳〉

あなたと別れ、因幡国いなばのくにへ行くけれども、稲葉山の峰に生えている松のように、あなたが待っていると聞いたなら、すぐにでも帰ってきましょう。

用語の意味
いなばの山 : 因幡(現在の鳥取の東半部)にある稲葉山のこと、往なば(行ってしまったなら)の掛詞 まつ :「松」と「待つ」の掛詞

 

017 在原業平ありわらのなりひら朝臣あそん 825〜880

狩野探幽『三十六歌仙額(在原業平)』

〈原文〉

ちはやぶる神代かみよかず竜田川たつたがはからくれなゐにみづくくるとは

〈現代語訳〉

神々の時代にさえ聞いたことがない、こんな風に竜田川一面に紅葉が散り敷かれ、流れる水を真紅に絞り染めしているなどということは。

用語の意味
ちはやぶる :「神」にかかる枕詞 神代 : 神々が支配していたとされる、神武天皇即位以前の時代 竜田川 : 大和国(奈良県)の生駒郡を流れる川 からくれなゐ : 濃い紅色、唐やからの国から渡来した紅という意味 水くくる : 水を絞り染め(くくり染め)にする、川面を布にたとえ、紅葉が散り敷かれている様を表現している

在原業平〜ちはやぶる神代もきかず竜田川からくれなゐに水くくるとは〜現代語訳と意味〜在原業平〜ちはやぶる神代もきかず竜田川からくれなゐに水くくるとは〜現代語訳と意味〜 〈原文〉 ちはやぶる神代かみよもきかず竜田川...

 

018 藤原敏行ふじわらのとしゆき朝臣あそん 〜901(または907)

〈原文〉

すみきしなみよるさへやゆめかよ人目ひとめよくらむ

〈現代語訳〉

住の江の岸には波が寄るというのに、昼だけでなく夜の夢のなかの私のもとへと向かう通い路でさえ、あなたは人目をはばかって会ってはくれないのだろうか。

用語の意味
住の江 : 摂津国せっつのくに住吉(大阪府大阪市住吉区)の海岸 夢の通ひ路 : 夢のなかで恋人に会いに行く道 よるさへや :(昼ならまだしも)夜さえも 人目よくらむ : 人の目を避けるのだろう、「よく」は避ける、「らむ」は推量の助動詞

 

019 伊勢 生没年不詳

狩野探幽『三十六歌仙額(伊勢)』

〈原文〉

難波潟なにはがたみじかきあしのふしのはでこのぐしてよとや

〈現代語訳〉

難波潟の入り江に生えている葦の、短い節と節の間のようなほんの短い時間でさえお会いできないで、この世を過していけとおっしゃるのでしょうか。

用語の意味
難波潟 : 大阪湾の入江部分 短き葦のふしの間 :「短かき」は、「ふしの間」にかかる 過ぐしてよとや : 一生を過ごしてしまえよとあなたはおっしゃるのでしょうか、という意味

 

020 元良親王もとよししんのう 890〜943

〈原文〉

わびぬればいまはたおな難波なにはなるをつくしてもはむとぞおも

〈現代語訳〉

これほどに辛く思い悩んでいるのなら、今はもはや破滅したも同然のこと。いっそ、あの難波の澪標みおつくしのように、この身を滅ぼしてでもあなたに逢いたいと思う。

用語の意味
わびぬれば :「侘ぶ」は、思い悩む、つらく思う 今はた同じ :「はた」とは、「やはり同じ」という意味 難波なる : 難波にある、今の大阪 身をつくし :「澪標」は、船に水脈を知らせるために立てた標識のことで、破滅することを意味する「身を尽くし」との掛詞

 

021 素性法師そせいほうし 生没年不詳(平安時代前期)

〈原文〉

いまむとひしばかりに長月ながつき有明ありあけつきでつるかな

〈現代語訳〉

あなたが、「今すぐに行きましょう」とおっしゃったので、九月の長い夜を待っていたのに、とうとう有明の月の出を待ち明かしてしまいましたよ。

用語の意味
長月 : 陰暦の九月 言ひしばかりに : 言ったばかり 有明の月 : 陰暦二十日以降の月のこと、夜明けまで空に残っている 待ち出でつるかな :「待ち出づ」は「待っていて出会う」という意味、「つる」は完了の助動詞、「かな」は詠嘆の終助詞

 

022 文屋康秀ふんやのやすひで 生没年不詳(平安時代前期)

〈原文〉

くからにあき草木くさきのしをるればむべ山風やまかぜをあらしといふらむ

〈現代語訳〉

山から秋風が吹き下ろすと、たちまち秋の草や木が萎れるので、なるほど、だから山風のことを「荒らし」、すなわち「嵐」というのだろう。

用語の意味
〜からに :「〜やいなや」「〜とすぐに」 むべ : なるほど 

 

023 大江千里おおえのちさと 生没年不詳

〈原文〉

つきれば千々ちぢものこそかなしけれわがひとつのあきにはあらねど

〈現代語訳〉

秋の月を眺めていると、様々に物事が悲しく感じられる、私一人のために訪れた秋ではないのだけれども。

用語の意味
千々に : あれこれと、様々に わが身ひとつの : 私一人だけの

 

024 菅家かんけ 845〜903

〈原文〉

このたびはぬさりあへず手向山たむけやま紅葉もみぢにしきかみのまにまに

〈現代語訳〉

この度の旅は急なことだったので、捧げる幣を用意しておりません。手向山の神様よ、この山の錦のような美しい紅葉を幣として捧げますので、どうかお心のままにお受け取り下さい。

用語の意味
このたび :「この度」と「この旅」の掛詞  : 神に祈るときに捧げ、またはらいに使う、紙や麻などを切って垂らしたもの、贈り物 取りあへず : 用意する暇がなく 手向山 : 神に手向けると、手向山(山城国から大和国へ向かう途中の奈良山)を掛けている 神のまにまに : 神の御心のままに

 

025 三条右大臣さんじょうのうだいじん 873〜932

〈原文〉

にしはば逢坂山あふさかやまのさねかづらひとられでくるよしもがな

〈現代語訳〉

逢坂山の小寝葛さねかずらが、「逢う」「さ寝」というその名の通りであるなら、逢坂山のさねかずらを手繰り寄せるように、誰にも知られずあなたのもとを訪ねて行く手立てがあればいいのに。

用語の意味
名にし負はば : 〜という名前を持つ 逢坂山 : 山城国(現在の京都)と近江国(現在の滋賀)のあいだにある山、関所があった。「逢ふ」との掛詞 さねかづら : つる性の植物、男女が一緒に寝る「小寝さね」との掛詞 知られで : 知られないで もがな : 〜したい、〜であればよい

 

026 貞信公ていしんこう 880〜949

〈原文〉

小倉山をぐらやまみねのもみぢこころあらばいまひとたびのみゆきたなむ

〈現代語訳〉

小倉山の峰の美しい紅葉の葉よ、もしお前に哀れむ心があるならば、もう一度天皇の行幸があるので、散るのを急がずに待っていてくれないか。

用語の意味
小倉山 : 京都市右京区嵯峨にある紅葉の美しい名所、大堰川おおいがわを隔てた対岸に嵐山があり、麓に定家の別荘、「小倉山荘」があった 心あらば : 人間の情があるならば みゆき : 天皇が御所から外出すること、「行幸」と書き、上皇、法皇、女院の場合は区別して「御幸」と書く 待たなむ :「〜なむ」は願望を表す終助詞

 

027 中納言兼輔ちゅうなごんかねすけ 877〜933

狩野尚信『三十六歌仙額(藤原兼輔)』

〈原文〉

みかのはらわきてながるるいづみがはいつきとてかこひしかるらむ

〈現代語訳〉

みかの原から湧き出て、かき分けるようにして流れる泉川、その「いつ」という言葉ではないが、いつ逢ったといって、(一度も逢ったことがないのに)こんなにも恋しくなってしまうのだろうか。

用語の意味
みかの原 : 京都府相楽郡を流れる木津川の北側の一部、「瓶原」と書く わきて :「湧きて」と「分きて」の掛詞、「湧き」は、流るるとともに「川」の縁語 いづみ川 : 現在の木津川 いつ見きとてか : 「き」は過去の助動詞、「か」は疑問の係助詞、「いつ逢ったというのだろうか」、「見る」は古語で男女が関係を結ぶことも意味する 恋しかるらむ : 「らむ」は推量の助動詞

 

028 みなもとの宗于朝臣むねゆきあそん 〜939

〈原文〉

山里やまざとふゆさびしさまさりける人目ひとめくさもかれぬとおもへば

〈現代語訳〉

山里は、冬こそとりわけ寂しさがつのるものだ、人も訪れることがなくなり、草も枯れてしまうのだと思うと。

用語の意味
山里は : 係助詞の「は」は、他との区別を強調、「(都ではなく)山里は」 まさりける :「まさる」は「増す」「つのる」という意味 かれぬ : 「かれ」は、「れ」と「枯れ」が掛かる

 

029 おおし河内躬恒こうちのみつね 生没年不詳

〈原文〉

こころあてにらばやらむ初霜はつしもきまどはせる白菊しらぎくはな

〈現代語訳〉

もし折るならば当てずっぽうに折ってみようか、真っ白な初霜が降り、霜と白菊の花と見分けがつかなくなっているのだから。

用語の意味
心あてに : 心をこめて、当てずっぽうに、など 折らばや折らむ : もし折るというなら折ってみようか 置きまどはせる : 初霜が降り(置き)、紛らわしくさせる

 

030 壬生みぶの忠岑ただみね 平安時代中期

〈原文〉

有明ありあけのつれなくえしわかれよりあかつきばかりきものはなし

〈現代語訳〉

有明の月は冷淡に見え、あなたもその有明の月のようにそっけないもので、あなたと別れて以来、夜明け前の月ほど憂鬱なものはありません。

用語の意味
有明 : 有明の月のこと、夜が明けても残っている月 つれなく : 冷淡に 暁ばかり :「暁」とは、夜明け前のまだ暗いうち、当時、男が女のところから帰っていく時間帯でもある、「ばかり」とは、「〜なし」と合わせ、「ほど〜なものはない」という意味

 

031 坂上是則さかのうえのこれのり 平安時代中期

〈原文〉

あさぼらけ有明ありあけつきるまでに吉野よしのさとれる白雪しらゆき

〈現代語訳〉

夜が明け始める頃、まるで有明の月かと思うほどに、吉野の里に降っている白雪よ。

用語の意味
朝ぼらけ : 夜が明けてきて、うっすらと辺りが見える頃、秋冬と結びつくことが多い言葉 有明の月 : 夜明けの空に残って、明るく光っている月 吉野の里 : 大和国(現在の奈良県吉野郡)吉野の辺り

 

032 春道列樹はるみちのつらき ?〜920

〈原文〉

山川やまがはかぜのかけたるしがらみはながれもあへぬ紅葉もみぢなりけり

〈現代語訳〉

山のなかの川に、風がかけた流れ止めのしがらみは、流れきれずにいる紅葉だったのだ。

用語の意味
山川 : 山のなかを流れる川 しがらみ : 川の流れをせき止める柵、杭を打ち並べ、それに木の枝や竹を横たえたもの あへぬ : あふの打ち消しで、〜しきれない、という意味

 

033 紀友則きのとものり ?〜905

〈原文〉

久方ひさかたひかりのどけきはるにしづこころなくはなるらむ

〈現代語訳〉

日の光が降り注いでいるのどかな春の日に、どうして落着いた心もなく、桜の花は散っていくのだろうか。

用語の意味
ひさかたの : 光、天、空、月、雲、雨などに掛かる枕詞 光のどけき : 日の光ののどかな、穏やかな しづ心 : 静心、落ち着いた心  : 桜の花のこと 〜らむ : 推量の助動詞で、「どうして〜だろう」という意味

ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ〜意味と現代語訳〜ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ〜意味と現代語訳〜 〈原文〉 ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るら...

 

034 藤原興風ふじわらのおきかぜ 生没年不詳(平安時代中期)

〈原文〉

たれをかもひとにせむ高砂たかさごまつむかしともならなくに

〈現代語訳〉

年老いた私は(友人たちももう亡くなり)、一体誰を親友にすればよいのだろうか。長寿の高砂の松でさえ、昔からの友ではないのだから。

用語の意味
知る人にせむ : 親しい友人としよう 高砂の松 : 高砂は播磨国加古郡高砂(現在の兵庫県高砂市南部)の浜辺、松の名所として知られる 昔の友ならなくに : 昔からの友ではないのに

 

035 紀貫之きのつらゆき 868〜945

〈原文〉

ひとはいさこころらずふるさとははなむかしににほひける

〈現代語訳〉

あなたの心はどうでしょうかね、人の心は分かりませんが、昔馴染みのこの里では、梅の花はかつてのように今もよい香りで匂っていますよ。

用語の意味
人はいさ : ここで「人」は、あなたである宿の女主人のこと、「いさ」とは、さあ、どうでしょうか、という意味 ふるさと : 昔馴染みの土地という意味、この歌では、旧都の奈良を指す  : 普通桜を指すが、ここでは梅の花を意味する

 

036 清原きよはらの深養父ふかやぶ 生没年不詳(平安時代中期)

〈原文〉

夏のはまだよひながら明けぬるを雲のいづこに月宿やどるらむ

〈現代語訳〉

夏の夜は短く、まだ宵だと思っているうちに明けてしまったが、西の山陰に行き着くことのできなかった月は、一体雲のどの辺りに宿をとっているのだろうか。

用語の意味
夏の夜は : 「は」と、夏の夜が他の季節と比較し、短いことを強調している  : 日暮れまもなく 月宿るらむ : 月を人間に見立てた擬人法、「らむ」は推量

 

037 文屋朝康ふんやのあさやす 生没年不詳(平安時代中期)

〈原文〉

白露しらつゆに風の吹きしく秋の野はつらぬきとめぬたまぞ散りける

〈現代語訳〉

草葉の上の白露に風がしきりに吹きつけている秋の野は、まるで糸を通していない真珠の玉が、美しく散り乱れているようだ。

用語の意味
白露 : 草の上に光っている水滴 吹きしく : 「しく」は漢字で「く」と書き、「しきりに〜する」、風の吹きしくで、「しきりに風が吹いている」という意味 つらぬきとめぬ : 真珠の玉は普通糸を通して、留めているも、この歌では留めていないので、風が吹いてばらばらに散る

 

038 右近うこん 生没年不詳(平安時代中期)

〈原文〉

わすらるる身をば思はずちかひてし人のいのちしくもあるかな

〈現代語訳〉

あなたに忘れ去られる我が身のことは何ほどのことも思いません。ただ、私を愛すると神に誓ったあなたの命が、神の罰を受けないかと惜しまれてなりません。

用語の意味
: 自分自身のこと 誓いてし : 「て」は完了の助動詞「つ」の連用形、「私を愛すると神に誓った」  : あなたのこと 

 

039 参議等さんぎひとし 880〜951

〈原文〉

浅茅生あさぢふ小野をの篠原しのはらしのぶれどあまりてなどか人の恋しき

〈現代語訳〉

ちがやの生えた寂しく忍ぶ小野の篠原の「しの」のように、あなたへの思いを忍んでいるものの、もはや忍びきることはできず、どうしてこのようにあなたが恋しいのだろうか。

用語の意味
浅茅生の : 浅茅とは、まばらに生えている茅のこと、生は、生えている場所を意味する 小野の : 小は、調子を整える接頭語、野原のこと 篠原 : 篠竹の生えている原っぱのこと 忍ぶれど : 我慢すれども あまりて : 忍ぶ心を我慢しきれないで などか : どうして

 

040 平兼盛たいらのかねもり 生没年不詳(平安時代中期)

〈原文〉

しのぶれど色にでにけりわが恋はものや思ふと人のふまで

〈現代語訳〉

知られまいと恋しい思いを隠していたが、隠しきれずに態度に表れてしまったようだ、私の恋は。「恋をしているのでは」と人が尋ねるほどまでに。

用語の意味
忍ぶれど :「忍ぶ」は、こらえるという意味、人に知られまいと秘密にしてきたけれど  : 表情のこと、「色に出づ」で恋心が表情に出ること けり : 感動の助動詞で、今気づいた驚きを表す 物や思ふ :「物思ふ」は、恋について思い煩うこと、「や」は、疑問の係助詞  : 第三者、他人

 

041 壬生みぶの忠見ただみ 生没年不詳(平安時代中期)

〈原文〉

こひすてふわが名はまだきちにけり人知れずこそ思ひそめしか

〈現代語訳〉

恋をしているという私の噂が、もう世間の人たちのあいだに広まってしまったようだ。人知れず、密かに思いはじめたばかりなのに。

用語の意味
てふ : といふ 名 : 世間の噂や評判 まだき :「早くも」という意味 けり : 今初めて気づいたという感動や驚きを表す助動詞 思いそめしか :「思い初め」と書き、「恋がまだ始まったばかり」という意味、「しか」は過去の助動詞「き」の已然形で、係助詞「こそ」のあとに続くと、「〜けれども」という意味になる 

 

042 清原元輔きよはらのもとすけ 908〜990

〈原文〉

ちぎりきなかたみに袖をしぼりつつすゑ松山まつやまなみこさじとは

〈現代語訳〉

約束をしましたよね、お互いに涙で濡れた袖をしぼりながら、波があの末の松山を決して越すことがないように、私たちの愛も決して変わらないと。

用語の意味
契りきな :「契る」とは、約束する、という意味、「き」は体験過去の助動詞、「な」は感動を表す終助詞 かたみに : お互いに 袖をしぼり : 涙で濡れた袖を絞るというニュアンスから、泣き濡れる、ということ 末の松山 : 現在の宮城県多賀城市周辺 
こさじ : 波越さじ、「じ」は打ち消しの推量、意志を表す助動詞、末の松山はどんな高い波でも越せないということから、永遠を意味し、「私の愛が決して変わらないこと」を表す 

 

043 権中納言ごんちゅうなごん敦忠あつただ 906〜943

〈原文〉

ひ見てののちの心にくらぶれば昔はものおもはざりけり

〈現代語訳〉

あなたに逢って愛し合った後の恋しい気持ちと比べると、逢いたいと思っていた昔の恋心の苦しみなどは無いと同じようなものだったなぁ。

 

044 中納言ちゅうなごん朝忠あさただ 910〜966

〈原文〉

ふことのえてしなくばなかなかに人をも身をもうらみざらまし

〈現代語訳〉

あなたと一度も結ばれていないなら、あなたの冷たさも、自分の不幸も、こんなに恨むことはなかっただろうに。

 

045 謙徳公けんとくこう 924〜972

〈原文〉

あはれともいふべき人は思ほえで身のいたづらになりぬべきかな

〈現代語訳〉

私を哀れだと慰めてくれる人がいるようにも思えず、私はただ、あなたを恋しく思いながら虚しく死んでいくのでしょう。

 

046 曽禰好忠そねのよしただ 生没年不詳(平安時代中期)

〈原文〉

由良ゆらを渡る舟人ふなびとかぢを絶えゆくへも知らぬこひの道かな

〈現代語訳〉

由良の門を渡る船人が、梶をなくして、どこへ漕いでいったらいいのか行方が分からないように、これからどうすればいいのか途方に暮れる恋の道だよ。

 

047 恵慶えぎょう法師ほうし 生没年不詳(平安時代中期)

〈原文〉

八重やへむぐらしげれる宿やどのさびしきに人こそ見えね秋はにけり

〈現代語訳〉

幾重にも雑草の生い茂ったこの家は寂しく、誰も訪ねてはこないが、ここにも秋だけは確かに訪れるようだ。

 

048 源重之みなもとのしげゆき ?〜1000頃

〈原文〉

かぜをいたみいはうつ波のおのれのみくだけてものを思ふころかな

〈現代語訳〉

風が激しく、岩に打ち当たる波が(岩はなんともないのに)自分だけが砕け散ってしまうように、(あなたは平気で)私だけが心も砕けるように恋の思いに悩んでいるこの頃よ。

 

049 大中臣おおなかとみの能宣朝臣よしのぶあそん 921〜991

〈原文〉

みかきもり衛士ゑじのたく火のよるはもえ昼は消えつつ物をこそ思へ

〈現代語訳〉

宮中の御門を守る御垣守みかきもりである衛士えじの燃やすかがり火が、夜に赤々と燃え、昼は消えているように、私の心も夜は情熱に燃え、昼は消え入るように物思いにふけり、日々恋に悩んでいる。

 

050 藤原義孝ふじわらのよしたか 954〜974

〈原文〉

君がため惜しからざりし命さへ長くもがなと思ひけるかな

〈現代語訳〉

あなたに逢えるなら惜しいとも思わなかった命ですが、こうしてあなたと逢瀬が叶った今では、長く生きていたいと思うようになりました。

 

51 藤原実方ふじわらのさねかた朝臣あそん ?〜998

〈原文〉

かくとだにえやは伊吹いぶきのさしも草さしも知らじな燃ゆる思ひを

〈現代語訳〉

せめて、こんなにもあなたに恋しているのだと言えればいいのですが、言えません。だから、あなたは、伊吹山のさしも草が燃える火のように、燃え上がる私の恋の思いをご存知でないでしょうね。

 

52 藤原道信ふじわらのみちのぶ朝臣あそん 972〜994

〈原文〉

明けぬればるるものとは知りながらなほ恨めしきあさぼらけかな

〈現代語訳〉

夜が明ければ、やがて日が暮れると、わかっていながら、やはり恨めしい朝ぼらけだなぁ。 

 

53 右大将うだいしょう道綱みちつなのはは 937頃〜995頃

〈原文〉

なげきつつひとりの明くるはいかに久しきものとかは知る

〈現代語訳〉

嘆きながら一人で孤独に寝ている夜が明けるまでの時間が、どれほど長いかご存知ないでしょうね。

 

54 儀同三司ぎどうさんしのはは ?〜996

〈原文〉

忘れじの行くすゑまではかたければ今日けふをかぎりのいのちともがな

〈現代語訳〉

「いつまでも忘れない」と言っても、将来もずっと変わらないというのは難しいでしょうから、そう言ってくださる今日が最後の命であればいいのに。

 

55 大納言公任だいなごんきんとう 966〜1041

〈原文〉

滝のおとえて久しくなりぬれど名こそ流れてなほ聞こえけれ

〈現代語訳〉

滝の流れる水音は、絶えてから長い年月が経ったけれども、その名声は今も流れ伝わって、聞こえてくることよ。

 

56 和泉式部いずみしきぶ 976頃〜没年不詳

〈原文〉

あらざらむこの世のほかの思ひ出に今ひとたびの逢ふこともがな

〈現代語訳〉

私はもうすぐ死んで、この世からいなくなるでしょう。あの世への思い出として、せめてもう一度だけ、あなたにお会いしたいのです。

 

57 紫式部むらさきしきぶ

〈原文〉

めぐり逢ひて見しやそれともわかぬ間に雲がくれにし夜半よはの月影

〈現代語訳〉

せっかく巡り会えたのに、あなたが本当に幼友達かどうか見分けられないうちに、まるで夜中に隠れる月のように、あっという間にあなたは姿を隠してしまったね。

 

58 大弐三位だいにのさんみ

〈原文〉

有馬山猪名ゐなの笹原風吹けばいでそよ人を忘れやはする

〈現代語訳〉

有馬山の近くにある猪名の笹原に風が吹き、笹の葉が揺れ、そよそよと音を立てる、そうよ(そよ)、そのようにあなたのことを忘れなどするものですか。

 

59 赤染衛門あかぞめえもん

〈原文〉

やすらはで寝なましものを小夜さよ更けてかたぶくまでの月を見しかな

〈現代語訳〉

ぐずぐずと寝ないであなたの訪れを待っているのではなく、さっさと寝てしまえばよかったのに、(あなたのことを待っているうちに)夜が更けて、西に傾いて沈んでいく月を見てしまいました。

 

60 小式部内侍こしきぶのないし

〈原文〉

大江山おほえやまいく野の道の遠ければまだふみも見ずあま橋立はしだて

〈現代語訳〉

大江山を越え、生野の道を通り、母の住む丹後国に行く道のりは大変遠いので、まだ天橋立も踏んではいませんし、母からの手紙も届いていません。

 

61 伊勢大輔いせのたいふ

〈原文〉

いにしへの奈良の都の八重桜やへざくら今日けふ九重ここのへにほひぬるかな

〈現代語訳〉

いにしえの昔の奈良の都の八重桜が、今日、九重の宮中で美しく咲き誇っていますよ。

 

62 清少納言せいしょうなごん

〈原文〉

をこめて鳥のそらははかるとも世に逢坂あふさかせきはゆるさじ

〈現代語訳〉

夜がまだ明けていないのに、鶏の鳴き真似をして騙そうとしても、函谷関ならいざ知らず、この逢坂の関の関守は決して許しませんし、私も騙されて会ったりはしませんよ。

 

63 左京大夫さきょうのだいぶ道雅みちまさ

〈原文〉

今はただ思ひ絶えなむとばかりを人づてならで言ふよしもがな

〈現代語訳〉

今となってはただ、諦めましょう、ということを人づてではなくあなたに直接伝える方法があってほしいものだ。

 

64 権中納言ごんちゅうなごん定頼さだより

〈原文〉

朝ぼらけ宇治うぢ川霧かはぎりたえだえにあらはれわたる瀬々せぜ網代木あじろぎ

〈現代語訳〉

夜がほのかに明けてくる頃、宇治川に立ち込めていた霧も薄らいできた。その霧の絶え間から次第に現れてくる、浅瀬にかけられた網代木よ。

 

65 相模さがみ

〈原文〉

うらみわびさぬそでだにあるものを恋にちなむ名こそしけれ

〈現代語訳〉

もう恨む気力もなく、泣き続けて涙を乾かしきれずに朽ちてゆく着物の袖さえも惜しいのに、恋によって悪い噂を立てられ、朽ちていく私の評判がいっそう残念でありません。

 

66 前大僧さきのだいそう正行尊じょうぎょうそん

〈原文〉

もろともにあはれと思へ山桜やまざくら花よりほかに知る人もなし

〈現代語訳〉

私があなたを愛おしいと思っているように、あなたも愛おしいと思っておくれ、山桜よ。この山奥には、桜の花以外に、私の気持ちをわかってくれる人などいないのだから。

 

67 周防内侍すおうのないし

〈原文〉

春のの夢ばかりなる手枕たまくらにかひなく立たむ名こそ惜しけれ

〈現代語訳〉

短い春の夜の儚い夢のような、あなたのたわむれの手枕のせいで、もしつまらない浮き名が立ってしまうのであれば口惜しいではありませんか。

 

68 三条院さんじょういん

〈原文〉

心にもあらでき世にながらへばこひしかるべき夜半よはの月かな

〈現代語訳〉

心にもなく、この儚くつらい現世で生き長らえたなら、きっと恋しく思い出されるに違いない、今宵の月だなぁ。

 

69 能因法師のういんほうし

〈原文〉

あらし吹く三室の山のもみぢ葉は龍田の川のにしきなりけり

〈現代語訳〉

激しい山風が吹いている三室山の紅葉が吹き散らされ、竜田川の水面を彩る美しい錦のようだ。

 

70 良暹法師りょうぜんほうし

〈原文〉

寂しさに宿やどを立ちでてながむればいづこもおなじ秋の夕暮れ

〈現代語訳〉

寂しさのあまり庵を出て外を眺めたら、どこも同じように寂しい秋の夕暮れよ。

 

71 大納言経信だいなごんつねのぶ

〈原文〉

ゆふされば門田かどた稲葉いなばおとづれてあしのまろやに秋風ぞ吹く

〈現代語訳〉

夕方になると、家の門前に広がる田んぼの稲の葉に音を立てて、芦葺きの田舎家に秋風が吹き渡ってくるよ。

 

72 祐子内親王ゆうしないしんのう家紀伊けのきい

〈原文〉

音に聞く高師たかしの浜のあだ波はかけじやそでの濡れもこそすれ

〈現代語訳〉

噂に名高い、高師の浜にいたずらに立つ波にかからないようにしますよ、袖が(涙で)濡れては困りますから(浮気者だと噂に高い、あなたの言葉は心にかけずにおきますよ、涙で袖を濡らしてはいけませんから)。

 

73 権中納言ごんのちゅうなごん匡房まさふさ

〈原文〉

高砂たかさごの桜咲きにけり外山とやまかすみ立たずもあらなむ

〈現代語訳〉

遠くにある高い山の頂にある桜が咲いた。近くの山の霞よ、桜が霞んでしまわないように、どうか立たずにいてほしい。

 

74 源俊頼朝臣

〈原文〉

かりける人を初瀬はつせの山おろしよはげしかれとは祈らぬものを

〈現代語訳〉

私に冷淡なあの人に愛されたいと初瀬の観音様に祈ったけれども、初瀬の山の山おろしよ、こんなに冷たく吹き荒れてほしいとは祈っていなかったのに、お前のように、あの人もどんどん冷たくなっていく。

 

75 藤原基俊

〈原文〉

ちぎりおきしさせもがつゆを命にてあはれ今年の秋もぬめり

〈現代語訳〉

お約束してくださった、「私を頼りにしなさい」というあなたの言葉を頼みの綱にしているうちに、ああ、今年の秋も虚しく去っていくようだ。

 

76 法性寺入道前関白太政大臣

〈原文〉

わたのはらぎ出でて見れば久かたのくもにまがふおき白波しらなみ

〈現代語訳〉

大海原に漕ぎ出して遠くを眺めてみれば、空の雲かと見間違うほどに沖に立つ白波よ。

 

77 崇徳院すとくいん

〈原文〉

をはやみ岩にせかるる滝川たきがはのわれても末にはむとぞ思ふ

〈現代語訳〉

瀬の流れが速く、岩にせき止められた滝川の急流が二つに分かれても、また一つになるように、あなたと今は別れても、いつかきっとまた逢おうと思う。

 

78 源兼昌みなもとのかねまさ

〈原文〉

淡路島あはぢしま通ふ千鳥の鳴く声に幾夜いくよねざめぬ須磨すま関守せきもり

〈現代語訳〉

淡路島へ飛び交う千鳥の鳴き声に、幾夜目を覚ましただろうか、須磨の関守は。

 

79 左京大夫顕輔

〈原文〉

秋風あきかぜにたなびく雲の絶え間よりもれづる月のかげのさやけさ

〈現代語訳〉

秋風にたなびく雲の切れ間から漏れ差してくる月の光のなんと澄んで美しいことよ。

 

80 待賢門院堀河

〈原文〉

ながからむ心も知らず黒髪くろかみの乱れて今朝けさはものをこそ思へ

〈現代語訳〉

昨夜契りを交わしたあなたの愛情が長く続くかどうか分からずに、お別れした今朝はこの乱れる黒髪のように心も乱れ、物思いに沈んでいます。

 

81 後徳大寺左大臣ごとくだいじのさだいじん

〈原文〉

ほととぎす鳴きつるかたを眺むればただ有明ありあけの月ぞ残れる

〈現代語訳〉

ほととぎすが鳴いたほうを眺めれば、ただ有明の月だけが残っている。

 

82 道因法師どういんほうし

〈原文〉

思ひわびさても命はあるものをきにへぬは涙なりけり

〈現代語訳〉

恋の思いにこれほど疲れ切っていても、命は続いているのに、辛さをこらえきれずに流れてくるのは涙であることよ。

 

83 皇太后宮こうたいごうぐうの大夫俊成だいぶとしなり

〈原文〉

世のなかみちこそなけれ思ひ入る山の奥にも鹿しかぞ鳴くなる

〈現代語訳〉

この世には、悲しみや辛さから逃れる道などないのだなぁ、思い詰めて入った山の奥でも鹿が悲しげに鳴いている。

 

84 藤原清輔朝臣ふじわらのきよすけあそん

〈原文〉

ながらへばまたこのごろやしのばれむしと見し世ぞ今はこひしき

〈現代語訳〉

生き長らえれば、苦しい今もいつか懐かしく思い出されるのだろうか、あれほど辛かった昔の日々も、今は恋しく思えるのだから。

 

85 俊恵法師しゅんえほうし

〈原文〉

もすがらもの思ふ頃は明けやらでねやのひまさへつれなかりけり

〈現代語訳〉

夜通し恋に思い悩んでいる今日この頃は、いつまでも夜が明けなくて、(明け方の光が射し込んでこない)戸の隙間さえ冷たく無情に感じられることよ。

 

86 西行さいぎょう法師

〈原文〉

なげけとて月やはものを思はするかこちかほなるわがなみだかな

〈現代語訳〉

嘆けと、月が私に物思いをさせるのでしょうか、いやそうではない、それなのに、まるで月のせいあるかのようにして流れる私の涙よ。

 

87 寂蓮じゃくれん法師

〈原文〉

村雨むらさめつゆもまだぬまきの葉にきり立ちのぼる秋の夕暮

〈現代語訳〉

通り過ぎていったにわか雨の滴もまだ乾ききっていない杉やひのきの大木の葉の辺りに、ゆっくりと白い霧が立ち昇ってくる秋の夕暮れよ。

 

88 皇嘉門院こうかもんいんの別当べっとう

〈原文〉

難波江なにはえのあしのかりねの一夜ひとよゆゑ身をつくしてや恋ひわたるべき

〈現代語訳〉

難波江に群生する葦の刈り根の一節ではありませんが、たった一夜だけの仮寝かりねのために(一晩だけ一緒に過ごしたせいで)、あの澪標みおつくしのように、身を尽くして生涯恋い焦がれ続けなければならないのでしょうか。

 

89 式子内親王しょくしないしんのう

〈原文〉

たまよ絶えなば絶えねながらへばしのぶることの弱りもぞする

〈原文〉

私の命よ、絶えるものなら絶えてしまえ、このまま生き長らえていたら、耐え忍ぶ心が弱って恋心が表に溢れ出てしまうかもしれないから。

 

90 殷富門いんぷもん院大輔いんのたいふ

〈原文〉

見せばやな雄島をじま海人あまそでだにも濡れにぞ濡れし色は変はらず

〈現代語訳〉

この血の涙で真っ赤に染まった袖をあなたに見せたいものです。松島にある雄島の漁師の袖さえも、波で濡れに濡れても色は変わらないというのに。

 

91 後京極摂政ごきょうごくせっしょう前太政大臣さきのだいじょうだいじん

〈原文〉

きりぎりす鳴くや霜夜しもよのさむしろにころもかたしきひとりかも寝む

〈現代語訳〉

こおろぎが鳴く霜の降る寒い夜に、私は狭いむしろに自分の衣だけを敷いて一人寂しく寝るのだろうか。

 

92 二条院讃岐にじょういんのさぬき

〈原文〉

わが袖は潮干しおひにみえぬおきの石の人こそ知らね乾くもなし

〈現代語訳〉

私の袖は、引き潮のときでさえ見えない沖の石のように、誰にも知られずに恋の涙で濡れ、乾く間もない。

 

93 鎌倉右大臣

〈原文〉

世の中は常にもがもななぎさこぐ海人あま小舟をぶね綱手つなでかなしも

〈現代語訳〉

世の中は、こんな風に永遠に変わらずにあってほしいものだ。波打ち際を漕ぐ漁師の小舟を綱で引いていく光景の切なくも愛おしいことよ。

 

94 参議雅経さんぎまさつね

〈原文〉

吉野よしのの山の秋風小夜さよふけてふるさと寒くころもうつなり

〈現代語訳〉

奈良の吉野の山に秋風が吹き、夜が更け、かつて古都であった吉野は寒々しく、衣を砧で叩く物悲しい音が聞こえてくる。

 

95 前大僧さきのだいそう正慈円じょうじえん

〈原文〉

おほけなくうき世の民におほふかなわが立つそま墨染すみぞめの袖

〈現代語訳〉

身の程もわきまえないことだが、この辛い浮き世を生きる民に覆いかけるよ、比叡山に住み始めた私の墨染の袖を。

 

96 入道前にゅうどうさきの太政大臣だいじょうだいじん

〈原文〉

花さそふあらしにはゆきならでふりゆくものはが身なりけり

〈現代語訳〉

桜の花を誘って吹き散らす嵐が吹く庭は、花びらがまるで雪のように降っているが、本当にりゆくのは、私自身なのだよ。

 

97 権中納言定家ごんちゅうなごんていか

〈原文〉

来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩もしほの身もこがれつつ

〈現代語訳〉

松帆の浦の夕凪ゆうなぎの時刻に焼いている藻塩のように、来てはくれない人を想って、私の身は恋い焦がれているのです。

 

98 従二位じゅにい家隆いえたか

〈原文〉

風そよぐならの小川の夕暮はみそぎぞ夏のしるしなりける

〈現代語訳〉

風がそよそよと楢の葉に吹いている、この楢の小川(上賀茂神社の境内を流れる御手洗川みたらしがわの別名)の夕暮れは、まるで秋のような気配で涼しいが、みそぎの行事が行なわれていることだけが、夏の証であることよ。

 

99 後鳥羽院ごとばいん

〈原文〉

人もをし人もうらめしあぢきなく世を思ふゆゑにもの思ふ身は

〈現代語訳〉

人が愛おしくも、また恨めしくも思われる。苦々しい思いを抱えながら、この世を慮るがゆえに、思い悩んでしまう私には。

 

100 順徳院じゅんとくいん

〈原文〉

百敷ももしきふる軒端のきばのしのぶにもなほあまりある昔なりけり

〈現代語訳〉

宮中の古い軒にひっそりと生えている忍草を見ていても、偲んでも偲びきれないほどに思い慕われるのは、古き良き時代のことよ。